2010年インドの旅・目次

*これはブログ形式で書いた記事の目次です。

デリー第三の鉄道駅・ニッザームディン駅

駅に着いてまず初めにすること・インドの列車の乗り方

今日の体重計・ニッザームディン駅

やはり駅近は便利なのだ・インドの駅前食堂

辛いけどうまい・フライドライス

念には念を入れて・列車乗客名簿

ホッと一息しようと思ったのにぃ・車内販売のスープ

「湖の町」の玄関口・ウダイプール・シティ駅

今日の体重計・ウダイプール・シティ駅

オートリキシャ所変われば・ウダイプール

本日のお宿・ウダイプール

おお、これがそうなのか!・レイクパレスホテル

立ちはだかる高い壁・ウダイプールのシティ・パレス

ライトに顔があったっていいじゃないか:ウダイプールで見た観光バス

本日のお食事:ウダイプール

レイク・パレスの横腹を望む:ウダイプール

新規開店のジュース屋:ウダイプール

祭囃子に誘われて:ウダイプール

みんな湖で飯を食っているのだ:ウダイプール

まあとりあえず入ってみましょう:ウダイプールのシティ・パレス

これがマハラジャの専用車です:ウダイプール

情報は正確に:ウダイプール

避暑地へのバスは歌声に乗って:ウダイプール

標高と乗客のテンションは次第に高まって行くのだ:マウント・アブー

本日のお宿:マウント・アブー

市内観光のツアーバス:マウント・アブー

神様は絶景好きなのか:マウント・アブー

実用第一で考えたらやっぱこれですかね:マウント・アブーのタクシー

避暑地にはエコカーがよく似合う・・・かな?:マウント・アブー

新婚さんも絶景好きなのか:マウント・アブー

ここではすべてが「ラジャスタン最高の」となるのだ:マウント・アブー

悲しいときぃ~、夕日が沈むときぃ~:マウント・アブー

二階建てバスで山下り:マウント・アブーからアーマダバードへ

門前の市は赤く染まっていた:アンバジー

本日のお宿:アーマダバード

今日の体重計:アーマダバード駅

シディ・バシール・モスク再訪:アーマダバード

最新型(2010年3月時点)のオートリキシャ:アーマダバード

9年間あこがれ続けた食べ物です:アーマダバード

なぜかジャイナ教寺院:アーマダバード

金曜日の賑わい:アーマダバード

このセンスがたまりません:アーマダバード

階段は地中深くへと続いていたのだ:アーマダバード

【訂正と追加です】今日の体重計:アーマダバード駅(その2)

通勤列車はラッシュを避けて:ムンバイ

今日の体重計:ムンバイ・チャーチゲート駅

相変わらずの憩いの場ではありますが・・・:ムンバイ

ふらっとエレファンタ島:ムンバイ

本日のお宿:ムンバイ

海辺の散歩は5ルピー以上の価値があるのだ:ムンバイ

ボンベイにおけるガンディーの活動拠点:ムンバイ

思わず足を止めさせる香り:ムンバイ

エレファンタ島の語源を求めて:ムンバイ

今日の体重計:ムンバイ・CST駅

ここがビーチリゾートの玄関口なのだ:ゴア

本日のお宿:アンジュナ・ビーチ

なんといってもこれが至福の時:アンジュナ・ビーチ

ゴアの州都は異国情緒たっぷりなのだ:パナジ

本日のお宿:パナジ

ここは世界史の教科書的有名人ゆかりの世界遺産なのだ:オールド・ゴア

ここは酒飲み天国なのだ:パナジ

もしかしたらオートリキシャは再び注目されつつあるのか:ゴア州

にぎやかなのもまたいいものです:カラングート・ビーチ

ついにあちら側に立つ:カラングート・ビーチ

あらためて信仰心のすごさを知りました:パナジ

カダムバ・バスターミナルでの列車チケットの予約方法、そしてRACとW/Lの説明:パナジ

駅への道のりは果てしなく遠かった:パナジからマルガオ

ホームにて:マルガオ駅

今日の体重計:エルナクラム・ジャンクション駅

船着場はずいぶん合理化されていたのだった:コーチン

私の記憶に間違いはないのだ、たぶん:コーチン

本日のお宿:フォート・コーチン

海辺の地産地消といえばやっぱりこれでしょう:フォート・コーチン

のんびりした漁をのんびりながめる:フォート・コーチン

南インドはバナナ天国なのだ:フォート・コーチン

どうでもよいことかもしれませんが:フォート・コーチン

バサリと過去を断ち切り、未来へと進もうじゃありませんか:フォート・コーチン

南インドはローカルバスでのんびり行こう:コーチン

本日のお宿:アレッピー

水郷地帯は船で行こう!:アレッピー

クイロンへ向けて出航です:アレッピー

クイロンへ向けて船は進む:アレッピー

クイロンへ向けて船はさらに進む:アレッピー(の南)

クイロンへ向けて船はどんどん進む:アレッピーとクイロンの中間辺り

クイロンへ向けて船はふたたび進む:アレッピーからクイロンへの途上

ここは鳥の天国なのだ:アレッピーからクイロンへの水路

永遠の憧れキングフィッシャー:鳥とビールの両方

ここは休憩場所であり停留所なのです:アムリタプリ

ついに船はクイロンに着いたのだった:クイロン

本日のお宿:クイロン(コッラム)

南インドローカルバスの旅再開:クイロンからトリヴァンドラム

本日のお宿:トリヴァンドラム

今日の体重計:トリヴァンドラム・セントラル駅

シュリー・パドマナーバスワミー寺院:トリヴァンドラム

南インド随一のビーチへ:トリヴァンドラムからコヴァラム・ビーチ

本日のお宿:コヴァラム・ビーチ

左側のビーチはまさにリゾートなのだ:コヴァラム・ビーチ

右側のビーチはとてもローカルなのだ:コヴァラム・ビーチ

インドの地引網漁レポート:コヴァラム・ビーチ

ビーチリゾートでシーフード三昧:コヴァラム・ビーチ

ビーチリゾートでの過ごし方:コヴァラム・ビーチ

休養充分で再びローカルバスの旅:コヴァラム・ビーチからカニャークマリへ

本日のお宿:カニャークマリ

均一なのは値段だけでなく商店街全体なのだ:カニャークマリ

これがインド亜大陸最南端の海です:カニャークマリ

最南端のホテルの強制的日の出鑑賞サービス:カニャークマリ

まあ「目的」でも「名目」でもいいじゃありませんか:カニャークマリ

これが「ウルトラ・デラックス」なバスだ:カニャークマリ

ウルトラ・デラックスバスは行く:カニャークマリからマドライへ

ついに陽は西の大地に沈んで行った:カニャークマリからマドライへ

今日の体重計:マドライ・セントラル・バス・ステーション

本日のお宿:マドライ

いざ行かん!魚の目を持つ女神の世界へ・その1:シュリ・ミナークシ寺院

いざ行かん!魚の目を持つ女神の世界へ・その2:シュリ・ミナークシ寺院

いざ行かん!魚の目を持つ女神の世界へ・その3:シュリ・ミナークシ寺院

いざ行かん!魚の目を持つ女神の世界へ・その4:シュリ・ミナークシ寺院

いざ行かん!魚の目を持つ女神の世界へ・その5:シュリ・ミナークシ寺院

今日の体重計:マドライ・ジャンクション駅

野菜市場は活気に満ち溢れていた:マドライ

ここはガンディーのドーティー・デビューの地なのだ:マドライのガンディー記念博物館

気になるものがいっぱい詰まった世界:マドライの遊園地

よく見かけてはいたのですが:ジャックフルーツ・マドライ

この渋みが意外とうまかった:マドライのジュース屋

明朗会計のようなそうじゃないような:マドライのオートリキシャ

今日の体重計:マドライ・インテグレーテッド・バス・スタンド

バスは突端の街へ:マドライからラーメシュワラム

本日のお宿:ラーメシュワラム

昼間のガートは楽しそうだった:ラーメシュワラム

朝のガートは活気に満ち溢れていた:ラーメシュワラム

手造り祭壇で神に祈る:ラーメシュワラム

お湯巡りならぬ「水巡り」の寺院なのだ:ラーメシュワラム

スリランカは果てしなく遠かった・その1:ラーメシュワラム

スリランカは果てしなく遠かった・その2:ダヌシュコーディー

本日のお宿(替え):ラーメシュワラム

海の跳ね橋:ラーメシュワラム

やっぱ私にとっての「聖水」はこちらになっちゃいますね:ラーメシュワラム

スリランカは果てしなく遠かった・その3:ダヌシュコーディー

スリランカは果てしなく遠かった・その4:ダヌシュコーディー

スリランカは果てしなく遠かった・その5:ダヌシュコーディー

神の御加護を受けた(と思われる)寺院:ラーメシュワラム

乗り合いバスは楽しい:ラーメシュワラム

今日の体重計:カライクディ・バススタンド

郷に入ったら郷の食べ方:トリチー手前のバススタンド

本日のお宿:トリチー

ここは大きな岩山全体がお寺なのだ:トリチー

ここに来れば法要一切万事お任せなのです:トリチー

象、早ぇ~:トリチー

ポンディチェリーへ向けて再びバス移動:トリチー

今日の体重計:ヴィルプラム・バススタンド

本日のお宿:ポンディチェリー

海風に吹かれてパイナップル:ポンディチェリー

料金に偽りなしの博物館、なのだ:ポンディチェリー

負傷者多数発生・・・か?:ポンディチェリー

常に用意は周到にせよ:ポンディチェリー

今日の体重計:ポンディチェリー・バススタンド

視界良好で快適なバス旅:ポンディチェリーからマハーバリプラムへ

本日のお宿:マハーバリプラム

海岸寺院は今日も風雪に耐えていた:マハーバリプラム

南インドの寺院建築の起源は石だった:マハーバリプラム

バターボール十景・その一:マハーバリプラム

バターボール十景・その二:マハーバリプラム

バターボール十景・その三:マハーバリプラム

バターボール十景・その四:マハーバリプラム

バターボール十景・その五:マハーバリプラム

バターボール十景・その六:マハーバリプラム

バターボール十景・その七:マハーバリプラム

バターボール十景・その八:マハーバリプラム

バターボール十景・その九:マハーバリプラム

バターボール十景・その十:マハーバリプラム

世界最大のレリーフ:マハーバリプラム

夢の競演ってとこでしょうか:マハーバリプラム

神様の存在は大きくそして重い:マハーバリプラム

漁夫の利:マハーバリプラム

まったくインド時間にはハラハラさせられます:マハーバリプラムからチェンナイへ

今日の体重計:チェンナイ・セントラル駅

ボルボの夜行バス:チェンナイ

苦しい時の友頼み:チェンナイからヴィシャカパトナムへ

本日のお宿:ヴィシャカパトナム

ここはオートリキシャの街だった:ヴィシャカパトナム

これが横丁総出の作品なのだ:ヴィシャカパトナムのオートリキシャ

長い長い列車の旅なのだ:ヴィシャカパトナムからジャグダルプルへ

本日のお宿:ジャグダルプル

まずは町の概要から:ジャグダルプル

活動開始早々、早くも歯車は噛み合わなくなって来たのだった:ジャグダルプル

われわれは何の予備知識もなしに洞窟へと入って行った:ジャグダルプル

荒々しい滝のように私の心も荒々しくささくれ立つのだった:ジャグダルプル

先住民族の市場は酒飲み天国だった:ジャグダルプル

ついに堪忍袋の緒は切って落とされたのだった:ジャグダルプル

ここの人たちは誠に規則正しい人たちなのだ:ジャグダルプル

パテルは見事に心を入れ替えたのだった:コンダガオン

パテル不在でも活動は続くのだ:ジャグダルプル

周辺の見どころを一気にまとめて三つなのだ:ジャグダルプル

ここはインドのナイアガラなのだ:ジャグダルプル郊外

それはたわわに実っていたのだ:ジャグダルプル郊外

先住民たちの眠る場所:ジャグダルプル郊外

五人の男たちは一羽の鳥を見つめていた:ジャグダルプル

ぜひまた来て下さいとパテルは言った:ジャグダルプル

ジャグダルプルよいざさらば:ジャグダルプルからライプールへ

本日のお宿:ライプール

小さく刻むか一気に行くか、ここが思案のしどころなのだ:ライプール

今日の体重計:ライプール駅

とにかくこのバスに私の19時間の運命を預けるのだ:ライプール

熱風を切り裂いてバスは走り出した:ライプールからアラハバードへ

君の行く道は果てしなく遠い、そして想像よりだいぶ険しいのだった:ライプールからアラハバードへ

寒さにも負けずシブキにも負けずホコリにだって負けないのだ:ライプールからアラハバードへ

いよいよ旅は終わりを告げたのだった:ライプールからアラハバードへ

2010年インドの旅を終えて:ヴァラナシ

【実録編】
第1回 デリー
第2回 デリー
第3回 デリー
第4回 ウダイプール
第5回 ウダイプール
第6回 ウダイプール
第7回 ウダイプール
第8回 ウダイプール
第9回 ウダイプール→マウント・アブー
第10回 マウント・アブー
第11回 マウント・アブー
第12回 マウント・アブー
第13回 マウント・アブー→アーマダバード
第14回 アーマダバード
第15回 アーマダバード
第16回 アーマダバード
第17回 アーマダバード
第18回 アーマダバード
第19回 アーマダバード
第20回 アーマダバード
第21回 ムンバイ
第22回 ムンバイ
第23回 ムンバイ
第24回 ムンバイ
第25回 ムンバイ
第26回 ムンバイ
第27回 ゴア
第28回 ゴア
第29回 ゴア
第30回 ゴア
第31回 ゴア
第32回 ゴア
第33回 ゴア
第34回 コーチン
第35回 コーチン
第36回 コーチン
第37回 コーチン
第38回 コーチン→アレッピ
第39回 アレッピ
第40回 アレッピ→クイロン
第41回 クイロン→トリヴァンドラム
第42回 トリヴァンドラム(コヴァラムビーチ)
第43回 トリヴァンドラム→コヴァラムビーチ
第44回 コヴァラムビーチ
第45回 コヴァラムビーチ
第46回 コヴァラムビーチ
第47回 コヴァラムビーチ
第48回 コヴァラムビーチ→カニャークマリ
第49回 カニャークマリ
第50回 カニャークマリ
第51回 カニャークマリ→マドライ
第52回 マドライ
第53回 マドライ
第54回 マドライ
第55回 マドライ
第56回 マドライ→ラーメシュワラム
第57回 ラーメシュワラム
第58回 ラーメシュワラム
第59回 ラーメシュワラム
第60回 ラーメシュワラム
第61回 ラーメシュワラム
第62回 ラーメシュワラム
第63回 ラーメシュワラム
第64回 ラーメシュワラム
第65回 ラーメシュワラム→トリチー
第66回 トリチー
第67回 トリチー
第68回 トリチー
第69回 トリチー
第70回 トリチー
第71回 トリチー→ポンディチェリー
第72回 ポンディチェリー
第73回 ポンディチェリー
第74回 ポンディチェリー
第75回 ポンディチェリー→マハーバリプラム
第76回 マハーバリプラム
第77回 マハーバリプラム
第78回 マハーバリプラム
第79回 マハーバリプラム
第80回 マハーバリプラム
第81回 マハーバリプラム
第82回 マハーバリプラム
第83回 マハーバリプラム
第84回 マハーバリプラム
第85回 マハーバリプラム
第86回 マハーバリプラム
第87回 マハーバリプラム
第88回 マハーバリプラムからチェンナイ日帰り
第89回 マハーバリプラムからカンチープラム日帰り
第90回 マハーバリプラムからカンチープラム日帰り
第91回 マハーバリプラム
第92回 マハーバリプラム
第93回 マハーバリプラム→チェンナイ
第94回 マハーバリプラム→チェンナイ
第95回 チェンナイ→ヴィシャカパトナム
第96回 チェンナイ→ヴィシャカパトナム
第97回 ヴィシャカパトナム
第98回 ヴィシャカパトナム→ジャグダルプル
第99回 ヴィシャカパトナム→ジャグダルプル
第100回 ヴィシャカパトナム→ジャグダルプル
第101回 ジャグダルプル
第102回 ジャグダルプル
第103回 ジャグダルプル
第104回 ジャグダルプル
第105回 ジャグダルプル
第106回 ジャグダルプル
第107回 ジャグダルプル
第108回 ジャグダルプル
第109回 ジャグダルプル
第110回 ジャグダルプル
第111回 ジャグダルプル
第112回 ジャグダルプル
第113回 ジャグダルプル
第114回 ジャグダルプル
第115回 ジャグダルプル
第116回 ジャグダルプル→ライプール
第117回 ライプール
第118回 ライプール
第119回 ライプール→アラハバード
第120回 ライプール→アラハバード
第121回 ライプール→アラハバード
第122回 アラハバード→ヴァラナシ
第123回 ヴァラナシ
第124回 ヴァラナシ
第125回 ヴァラナシ
第126回 ヴァラナシ
第127回 ヴァラナシ
第128回 ヴァラナシ
第129回 ヴァラナシ
第130回 ヴァラナシ
最終回 デリー

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2010年インドの旅・実録編:最終回 デリー

この記事は2010年にインドを旅した時(デリーでM君と合流してからの旅)のメモを元に各種解説を加えたものです。実際のメモ帳には文章が言葉足らずになっていたり、本来漢字で書き表すべきところをひらがなで書いていたりするところもありますが、それはあくまでも現場で書いて行く「メモ」という特性上仕方のないことであり、ここに転載するにあたっては最少範囲内で体裁を繕っております。だからもし「あっ、この人絶対この漢字書けてないよね」などと気が付いても、ぜひ黙って優しく見守って欲しいとお願いする次第なのであります。尚、登場人物の氏名に関しては原則としてイニシャル表記(一部インド人を除く)とし、人物の風貌や雰囲気を表現する言葉は、万が一本人が読んでもたぶん気にしないであろうと思われる場合のみ原文を採用しております。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年5月21日(金) 列車→デリー 晴 街の掲示板では42℃ 自分の温度計では35℃

6時過ぎに目が覚める。
昨夜はあまりよく寝られなかった。
トイレへ行き、顔を洗う。

8:03 ニューデリー駅着

メインバザールは全面改装とのことでものすごい状況。まるで爆撃を受けた後の様。

Hotelはすぐにチェックインできた。2階の西側の角。

マルホトラで久々の朝食。
ウェイターは顔を覚えていて、トマトスープか?と聞いて来た。
トマトスープ、チーズトマトグリルドトースト、スイートラッシー。

パッキング屋で両替。$=Rs.46となかなか良いレートだった。
残りのT/C$400すべて替える。

インターネット、久々につなぐ。2時間半、Rs.60

メトロRs.50チャージ

コンノートへ
パリカバザールを見てジャンパトへ

コーラを飲んだ後サイフ屋に会う。リムカのペットボトル300mlをおごってもらう。

コンノートのインナーサークルを一周してメトロで帰還。

携帯電話Rs.500チャージ

ポテトチップと水を買って部屋へ
ビール3本追加。朝はRs.100だったがRs.90で持って来た。
チキンガーリックティッカを注文。

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年5月21日(金) 列車→デリー 晴 街の掲示板では42℃ 自分の温度計では35℃

6時過ぎに目が覚める。
昨夜はあまりよく寝られなかった。
トイレへ行き、顔を洗う。

バスと違い、列車はトイレもあれば水も使えるのでありがたい。

8:03 ニューデリー駅着

出発が遅れたので到着も遅れた。しかしその遅れはほとんど出発時の遅れと同じで、つまりこの列車は運転時間としてはほぼ定刻運転なのである。
インドの列車

メインバザールは全面改装とのことでものすごい状況。まるで爆撃を受けた後の様。

この年(2010年)の秋に行われるスポーツ大会開催の為、デリーは各地でクリーン作戦のようなものが強力に推進されていた。そしてこのメインバザールにもその手がついに及び、おそらく不法占拠か違法建築かだった部分が強制的に壊され、幅の広がった通りにはその残骸である煉瓦が山と積まれていた。
インド、デリーのメインバザール

Hotelはすぐにチェックインできた。2階の西側の角。

事前に連絡していたこともあり、また酷暑期のため部屋が空いていたようで、すぐにチェックインさせてくれた。

マルホトラで久々の朝食。
ウェイターは顔を覚えていて、トマトスープか?と聞いて来た。
トマトスープ、チーズトマトグリルドトースト、スイートラッシー。

自分の顔を知っている人がいると、ああ、帰って来たんだなあという気分になり、なかなかいいものである。

パッキング屋で両替。$=Rs.46となかなか良いレートだった。
残りのT/C$400すべて替える。

「パッキング屋」とはメインバザールに店を構える発送屋。ここに頼めば郵便局に行かなくても小包が出せる。もちろん手間賃を取られるので割高になるが、時間を買ったと思えばいい。
そのパッキング屋の奥に両替屋があり、前にもそこで両替したので今回も利用した。

インターネット、久々につなぐ。2時間半、Rs.60

ヴァラナシではネットをまともに使えなかったので、ここで溜まった分を全部一気に処理した。

メトロRs.50チャージ

「メトロ」はデリー市内を走る電車。市の中心部は地下だが、残りはほとんど高架である。そのメトロに乗るためのプリペイドカードに50ルピー分チャージした。

コンノートへ パリカバザールを見てジャンパトへ

滞在しているホテルはメインバザールの奥の方(ニューデリー駅から見て)なので、メトロの駅は「Ramakrishna Ashram Marg」が近い。コンノートプレイスの地下にある駅「Rajiv Chowk」へは一駅。
「パリカバザール」はコンノートプレイスにある地下ショッピングセンター。一応冷房が効いていて涼しい。
「ジャンパト」はコンノートプレイスから北に延びる道。土産物屋などが並び、賑やかな通りとなっている。

インド、デリーのコンノートプレイス

コーラを飲んだ後サイフ屋に会う。リムカのペットボトル300mlをおごってもらう。

「サイフ屋」は路上で財布を売り歩いている男。ビハールからの出稼ぎで、長年兄弟で財布などを専門に売っている。もう10年来の知り合いで、撮った写真をあげたりしたことから、会うとよくジュースをおごってくれるのである。
インド、デリーの路上の売り子

コンノートのインナーサークルを一周してメトロで帰還。

コンノートプレイスは大きなロータリーで、三重の輪で出来ている。「インナーサークル」とはその一番内側のこと。

携帯電話Rs.500チャージ

インドの携帯電話も月契約などもあるが、旅行者なのでプリペイド式を利用している。

ポテトチップと水を買って部屋へ ビール3本追加。朝はRs.100だったがRs.90で持って来た。 チキンガーリックティッカを注文。

ビールは今朝チェックインしてすぐ3本持って来てもらい、部屋の冷蔵庫に入れておいた。しかしその3本は間もなく空になる予定なので、明日のために追加したのであった。
ちなみにこの頃のビール(キングフィッシャー・プレミアム)大瓶の市場価格は30~40ルピーほどだったと思うので、倍以上の値段で買ったことになる。なので私も酒屋を求めて、ホテル近くの裏路地をあちこち歩いてみたのだが、ついに発見できなかった。もちろん知っている酒屋も何軒かあるが、どれもホテルのすぐそばではないので、そこからわざわざ持って帰るくらいならこれくらいは払うのである。

インド、デリーのホテル

ということで2010年3月19日のデリーから始まったこの旅の記録も、今回の2010年5月21日のデリーでもって終了となります。
「実録編」と言いながらも結局私を通してのインドですのでつい感情が入り、読んでいて違和感を持たれる箇所も多々あろうかと思いますが、値段やルート、宿泊施設などは実際のものをそのまま載せていますので、何かの参考になれば幸いです。

予想をはるかに越える長々としたものになりましたが、最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。

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2010年インドの旅・実録編:第130回 ヴァラナシ

この記事は2010年にインドを旅した時(デリーでM君と合流してからの旅)のメモを元に各種解説を加えたものです。実際のメモ帳には文章が言葉足らずになっていたり、本来漢字で書き表すべきところをひらがなで書いていたりするところもありますが、それはあくまでも現場で書いて行く「メモ」という特性上仕方のないことであり、ここに転載するにあたっては最少範囲内で体裁を繕っております。だからもし「あっ、この人絶対この漢字書けてないよね」などと気が付いても、ぜひ黙って優しく見守って欲しいとお願いする次第なのであります。尚、登場人物の氏名に関しては原則としてイニシャル表記(一部インド人を除く)とし、人物の風貌や雰囲気を表現する言葉は、万が一本人が読んでもたぶん気にしないであろうと思われる場合のみ原文を採用しております。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年5月20日(木) ヴァラナシ 晴 35℃

昨夜も停電の為に寝るのが遅くなってしまい、起きたのは6時45分だった。
ウダウダして過ごし、シャワーを浴び朝食。
いつもと同じチーズトマトオニオンガーリックサンドとコーヒー Rs.70也

1時半、S亭へ出かける。
今日も日本人の若者がたくさんいた。
カツ丼とキムチ。
今日は付け合せのキムチも出て来た。

ガートを通ってHotelへ

5時過ぎまでウダウダ。
シャワーを浴びいよいよ出発の準備が完了する。

6時少し前チェックアウト

リキシャはRs.80の約束でガート前から乗る。
本来ここはリキシャ乗り入れ禁止区域なのだがと不思議に思っていると、警官にRs.20渡していた。

駅には6:25頃到着。結構時間がかかった。

駅は人でごった返していた。列車の遅れが相次いでいるらしい。
我々の列車は始発であるので定刻に出る予定。席もちゃんと確保されていた。

19:50頃いきなり入線して来た。

水を買って無事乗車。
席は通路側だったので、早々に上に上がりくつろぐ。

検札が済み、毛布とシーツ、タオルが配られ、本格的に寝る体勢に入る。

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年5月20日(木) ヴァラナシ 晴 35℃

昨夜も停電の為に寝るのが遅くなってしまい、起きたのは6時45分だった。 ウダウダして過ごし、シャワーを浴び朝食。 いつもと同じチーズトマトオニオンガーリックサンドとコーヒー Rs.70也

このいつもと同じ朝食を食べるのもこれで最後である。いよいよ今日の夜行列車でデリーに向かうのだ。
インド、ヴァラナシの宿

1時半、S亭へ出かける。 今日も日本人の若者がたくさんいた。 カツ丼とキムチ。 今日は付け合せのキムチも出て来た。

S亭にはいつも日本人の若者数名がたむろしていた。こちらはこんなところで毎日ブラブラしていると非常に怪しまれる年齢なので、なるべく顔を合わせないよう時間を変えてS亭に行ったりしたが、いつでも彼らはいた。なので聞くとはなしに彼らの話が耳に入って来る。みんななかなかのツワモノで、もう何年も日本に帰っていない人もいるようだった。
インド、ヴァラナシの食堂

ガートを通ってHotelへ

ガンジス河を間近に見るのもこれでおしまいである。

5時過ぎまでウダウダ。 シャワーを浴びいよいよ出発の準備が完了する。

この宿は12時チェックアウトとなっているが、半日分を払って夕方まで部屋を使わせてもらった。ウダウダ納めをする。

6時少し前チェックアウト

すっかり慣れ親しみ、我が家のように思えて来た宿ともお別れである。はたしてまた来ることがあるだろうか。

リキシャはRs.80の約束でガート前から乗る。 本来ここはリキシャ乗り入れ禁止区域なのだがと不思議に思っていると、警官にRs.20渡していた。

ゴードウリヤーという交差点からガートまでは、オートリキシャは進入禁止である。駅からガートを目指すと、そのルールを盾に交差点で降ろされる。 しかし地獄の沙汰も金次第、20ルピーでその規則は解除のようだ。従って実際の運賃は60ルピーということになる。
インド、ヴァラナシのオートリキシャ

駅には6:25頃到着。結構時間がかかった。

ずいぶん時間がかかっているように思えたので、もしやおかしな所に連れて行き、割増をせびるのじゃ・・・と思った頃に駅に到着した。

駅は人でごった返していた。列車の遅れが相次いでいるらしい。 我々の列車は始発であるので定刻に出る予定。席もちゃんと確保されていた。

列車が遅れれば当然ホームで長いこと待たされることになるが、私は今日の列車に乗るために一週間もヴァラナシで待ったのであった。なのでこれ以上待たせないで欲しい。インド、ヴァラナシ駅

19:50頃いきなり入線して来た。

それでも定刻の19時15分から遅れること35分、ついにわれらが「SHIV GANGA Express」が入線して来た。

水を買って無事乗車。 席は通路側だったので、早々に上に上がりくつろぐ。

「通路側」とは列車の側面と並行して設えられた寝台。グループだったら向かい合わせの席(寝台)もいいが、一人や二人の場合はこの通路側の席が快適である。
インドの列車

検札が済み、毛布とシーツ、タオルが配られ、本格的に寝る体勢に入る。

今回の列車もエアコン付の二等だが、すべての列車で毛布やシーツが配られるわけではない。おそらくこの「SHIV GANGA Express」は、首都デリーとヴァラナシを結ぶドル箱列車で、外国人観光客もたくさん利用するため、こうしたサービスが行き届いているのであろう。 たいていのインド人はこの後夕食タイムとなるが、私は夕食を食べず早々とカーテンを引いて寝てしまった。 さあ、明日目を覚ますといいよデリーである。

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2010年インドの旅・実録編:第129回 ヴァラナシ

この記事は2010年にインドを旅した時(デリーでM君と合流してからの旅)のメモを元に各種解説を加えたものです。実際のメモ帳には文章が言葉足らずになっていたり、本来漢字で書き表すべきところをひらがなで書いていたりするところもありますが、それはあくまでも現場で書いて行く「メモ」という特性上仕方のないことであり、ここに転載するにあたっては最少範囲内で体裁を繕っております。だからもし「あっ、この人絶対この漢字書けてないよね」などと気が付いても、ぜひ黙って優しく見守って欲しいとお願いする次第なのであります。尚、登場人物の氏名に関しては原則としてイニシャル表記(一部インド人を除く)とし、人物の風貌や雰囲気を表現する言葉は、万が一本人が読んでもたぶん気にしないであろうと思われる場合のみ原文を採用しております。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年5月19日(水) ヴァラナシ 晴 34℃

朝はゆっくり寝ていようと思ったのに、6時45分頃起きてしまう。

9時過ぎまで待って朝食。
今日からラッシーをやめてサンドイッチとコーヒーのみにする。Rs.70

珍しく昼寝をする。寝汗がすごかった。

1時20分頃昼食を取りに出る。
S亭 カツ丼 Rs.60

ガートを通ってHotelへ

7時前だったがエアコンを点けくつろぐ。

9:20停電
23:00まで復旧せず。

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年5月19日(水) ヴァラナシ 晴 34℃

朝はゆっくり寝ていようと思ったのに、6時45分頃起きてしまう。

起きても特にやることがないため、できることなら遅くまで寝ていたいのだが、どうしても目が覚めてしまうのだ。

9時過ぎまで待って朝食。 今日からラッシーをやめてサンドイッチとコーヒーのみにする。Rs.70

とにかく楽しみは朝食と昼食だけであり、夕食を取らないのでその二食はなるべく後ろにずらしたいのである。
インド、ヴァラナシの宿

珍しく昼寝をする。寝汗がすごかった。

昼寝は時間を無駄にしているように感じるので好きではない。ここに来てから毎日無為に過ごしているくせに、やはり昼寝はなかなかできずにいたが、ようやくこの日常に慣れて来たのか寝てしまった。

1時20分頃昼食を取りに出る。 S亭 カツ丼 Rs.60

待ちに待った昼食タイムである。飯を食べに出る以外まったく外出しなくなってしまった。
インド、ヴァラナシの路地

ガートを通ってHotelへ

帰りはガンジス河を見ながら歩くというのも、もうお決まりのパターンである。

7時前だったがエアコンを点けくつろぐ。

そしてついに日記に書くこともなくなってしまった。

9:20停電 23:00まで復旧せず。

そして静かに一日は終わって行くのである。

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2010年インドの旅・実録編:第128回 ヴァラナシ

この記事は2010年にインドを旅した時(デリーでM君と合流してからの旅)のメモを元に各種解説を加えたものです。実際のメモ帳には文章が言葉足らずになっていたり、本来漢字で書き表すべきところをひらがなで書いていたりするところもありますが、それはあくまでも現場で書いて行く「メモ」という特性上仕方のないことであり、ここに転載するにあたっては最少範囲内で体裁を繕っております。だからもし「あっ、この人絶対この漢字書けてないよね」などと気が付いても、ぜひ黙って優しく見守って欲しいとお願いする次第なのであります。尚、登場人物の氏名に関しては原則としてイニシャル表記(一部インド人を除く)とし、人物の風貌や雰囲気を表現する言葉は、万が一本人が読んでもたぶん気にしないであろうと思われる場合のみ原文を採用しております。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年5月18日(火) ヴァラナシ 晴 32~33℃くらい

5時15分に突如目を覚ます。
一瞬迷った後、ベッドから起き出し窓を開ける。もう外は明るくなっていた。
ベランダへ出てみると、地平線上の霞で太陽はまだ顔を出していなかった。
少し赤くなっている部分をしばらく見ていると、やがて太陽はうっすらとその輪郭を現し始め、次第にしっかりとした円になる。
そしてさらに明るさを増すことで、逆にその輪郭を隠してしまう。

朝食はいつになくがらんとしたテラスで取る。
カナダ人の男性は帰国したことを知っているが、なんだかそれと歩調を合わせる様に、みんないなくなってしまった感じがする。
風があって涼しい。
ずいぶんさみしいテラスでしばし書き物をする。

昼はまたS亭
今日はポークカレー。豚の脂身の旨さを再確認。
ルーが少なく、ご飯を少し残す。

ガートを通ってHotelへ
水とコーラを買う。
今日は店の主人がビールを勧める。

午後はまたウダウダして過ごす。
しかしヴァラナシに来てから心がだいぶ穏やかになった。

夕方はエアコンを入れ部屋を涼しくし、8時の停電がないのを確認してシャワーを浴びる。
10時半、いよいよ寝ようとしたまさしくその瞬間停電になり、12時まで復旧せず。
すっかり寝そびれてしまい、2時頃まで音楽を聴いて過ごす。

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年5月18日(火) ヴァラナシ 晴 32~33℃くらい

5時15分に突如目を覚ます。
一瞬迷った後、ベッドから起き出し窓を開ける。もう外は明るくなっていた。
ベランダへ出てみると、地平線上の霞で太陽はまだ顔を出していなかった。
少し赤くなっている部分をしばらく見ていると、やがて太陽はうっすらとその輪郭を現し始め、次第にしっかりとした円になる。
そしてさらに明るさを増すことで、逆にその輪郭を隠してしまう。

ついに日の出前に起きられた。これなら日本に帰ってからすぐに社会復帰できそうだ。
インド、ヴァラナシの夜明け

朝食はいつになくがらんとしたテラスで取る。
カナダ人の男性は帰国したことを知っているが、なんだかそれと歩調を合わせる様に、みんないなくなってしまった感じがする。
風があって涼しい。
ずいぶんさみしいテラスでしばし書き物をする。

同じ宿に連泊していると毎日同じ顔を見る。言葉を交わさなくても、お互いの存在をそれとなく確認したりするので、煩わしさのない同居人といった気持ちを抱く。
しかしそれもいつかは終わるわけで、今朝はアジア系のカナダ人も、いつも上半身裸だった欧米人も、常にパソコンを持ち歩いていた男性もいなくなっていた。
涼しく感じるのは風のせいだけだろうか。
インド、ヴァラナシの宿

昼はまたS亭
今日はポークカレー。豚の脂身の旨さを再確認。
ルーが少なく、ご飯を少し残す。

子どもの頃はより高価なビーフが持てはやされたが、冷静に判断すると豚肉が一番うまいと思う。値段だけで価値判断してはいけないのだ。
インド、ヴァラナシの食堂

ガートを通ってHotelへ
水とコーラを買う。
今日は店の主人がビールを勧める。

今度は主人の方が「冷えたビールあるよ」と言って来た。後でその話をM君にすると、彼はその店に行っても何も言われないとのことだった。
もう何日もアルコールを抜いているというのに、酒臭いのかなあ?

午後はまたウダウダして過ごす。
しかしヴァラナシに来てから心がだいぶ穏やかになった。

まあ誰でもこういう生活をしてれば心穏やかになるのだろう。

夕方はエアコンを入れ部屋を涼しくし、8時の停電がないのを確認してシャワーを浴びる。

エアコンが動かないとシャワーを浴びてもまた汗をかくので、ちゃんと確認してから浴びるのである。

10時半、いよいよ寝ようとしたまさしくその瞬間停電になり、12時まで復旧せず。
すっかり寝そびれてしまい、2時頃まで音楽を聴いて過ごす。

しかし結局汗をかくことになった。まあ仕方がない・・・

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