2001年インドの旅・目次

*これはブログ形式で書いた記事の目次です。

第1回・2001年5月10日(木)成田空港
第2回・2001年5月10日(木)機内
第3回・2001年5月10日(木)着陸
第4回・2001年5月10日(木)デリー
第5回・2001年5月11日(金)デリー
第6回・2001年5月12日(土)デリー
第7回・2001年5月13日(日)デリー
第8回・2001年5月14日(月)デリー
第9回・2001年5月15日(火)デリー
第10回・2001年5月16日(水)デリー
第11回・2001年5月17日(木)デリー
第12回・2001年5月18日(金)デリー
第13回・2001年5月19日(土)デリー
第14回・2001年5月19日(土)デリーからアーマダバードへ
第15回・2001年5月20日(日)デリーからアーマダバードへ
第16回・2001年5月20日(日)アーマダバード
第17回・2001年5月21日(月)アーマダバード
第18回・2001年5月22日(火)アーマダバード
第19回・2001年5月22日(火)アーマダバード
第20回・2001年5月23日(水)アーマダバード
第21回・2001年5月23日(水)アーマダバードからムンバイへ
第22回・2001年5月24日(木)ムンバイ
第23回・2001年5月24日(木)ムンバイ
第24回・2001年5月25日(金)ムンバイ
第25回・2001年5月26日(土)ムンバイ
第26回・2001年5月27日(日)ムンバイ
第27回・2001年5月28日(月)ムンバイ
第28回・2001年5月29日(火)ムンバイ
第29回・2001年5月30日(水)ムンバイからゴアへ
第30回・2001年5月30日(水)パナジ
第31回・2001年5月31日(木)パナジ、マプサ
第32回・2001年5月31日(木)パナジ
第33回・2001年6月1日(金)アンジュナビーチ
第34回・2001年6月1日(金)アンジュナビーチ
第35回・2001年6月2日(土)アンジュナビーチ
第36回・2001年6月3日(日)アンジュナ→マプサ
第37回・2001年6月3日(日)パナジ→バンガロール
第38回・2001年6月4日(月)バンガロール
第39回・2001年6月4日(月)バンガロール
第40回・2001年6月5日(火)バンガロール
第41回・2001年6月6日(水)バンガロール
第42回・2001年6月7日(木)バンガロール
第43回・2001年6月8日(金)バンガロール
第44回・2001年6月9日(土)バンガロール
第45回・2001年6月10日(日)バンガロール
第46回・2001年6月11日(月)バンガロール
第47回・2001年6月12日(火)バンガロール
第48回・2001年6月13日(水)コーチン
第49回・2001年6月14日(木)コーチン
第50回・2001年6月14日(木)コーチン
第51回・2001年6月14日(木)コーチン
第52回・2001年6月15日(金)コーチン
第53回・2001年6月15日(金)コーチン
第54回・2001年6月15日(金)コーチン
第55回・2001年6月15日(金)コーチン
第56回・2001年6月16日(土)コーチン
第57回・2001年6月16日(土)コーチン
第58回・2001年6月16日(土)コーチン
第59回・2001年6月17日(日)コーチン
第60回・2001年6月18日(月)コーチンからトリヴァンドラムへ
第61回・2001年6月19日(火)トリヴァンドラムからコヴァラムビーチへ
第62回・2001年6月19日(火)コヴァラムビーチ
第63回・2001年6月20日(水)トリヴァンドラムからカニャークマリへ
第64回・2001年6月21日(木)カニャークマリ
第65回・2001年6月22日(金)カニャークマリ
第66回・2001年6月23日(土)チェンナイ
第67回・2001年6月24日(日)チェンナイ
第68回・2001年6月25日(月)チェンナイ
第69回・2001年6月26日(火)チェンナイ
第70回・2001年6月27日(水)チェンナイ
第71回・2001年6月28日(木)チェンナイ
第72回・2001年6月29日(金)チェンナイ
第73回・2001年6月30日(土)チェンナイ
第74回・2001年7月1日(日)チェンナイ
第75回・2001年7月2日(月)ハイダラバード
第76回・2001年7月3日(火)ハイダラバード
第77回・2001年7月4日(水)ハイダラバード
第78回・2001年7月5日(木)ハイダラバード
第79回・2001年7月6日(金)~7日(土)ハイダラバードから列車移動
第80回・2001年7月7日(土)カルカッタ
第81回・2001年7月8日(日)カルカッタ
第82回・2001年7月9日(月)カルカッタ
第83回・2001年7月10日(火)カルカッタ
第84回・2001年7月11日(水)カルカッタ
第85回・2001年7月12日(木)カルカッタ
第86回・2001年7月13日(金)カルカッタ
第87回・2001年7月14日(土)バラナシ
第88回・2001年7月15日(日)バラナシ
第89回・2001年7月16日(月)バラナシ
第90回・2001年7月17日(火)デリー
2001年インドの旅を終えて

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インドのおもちゃ

インド:2001年インドの旅を終えて

実に長いこと「2001年インドの旅」という題名で書かせて頂きました。

最新のインド情報ではなく、かといって昔懐かしいというほどの時を経ていない、なんとも中途半端な旅行記にお付き合い頂きありがとうございました。

この旅では結構マメにメモを取ったり、チケットやレシートを取って置いたりしておりましたので、いつかそれを整理しようと思いつつ今日に至り、ようやくその気になったというだけでダラダラ書いて来たわけです。
日付の浅いうちは当時のメモ書きに新たに注釈を付けたり加筆するという形を取っていたのですが、最後の方は当時のメモ書きの記述が長く、ブログの本文は不要なくらいになってしまいました。
でもまあ私としてはこれで一応整理ができたな(雑ですけど)という気がしております。

さて、この「2001年インドの旅」という題名は、あのスタンリー・キューブリック監督で映画化された「2001年宇宙の旅」をまねして付けたものです。まあどちらも「そのまんま」のネーミングですし、また両者の内容にはまったく関連性がありませんので、別にそんなのどーだっていいやとお思いでしょうが、実は今回またもや3カ月ほどインドに行って来ることになり、おそらくそのうちこのブログでその旅のことを書くことになると思うのであります。
で、そうなるとその題名は「2010年インドの旅」になろうかと思うのですが、そうするとまた「2001年宇宙の旅」の続編「2010年宇宙の旅」(原作小説の邦題で、映画の邦題は単に「2010年」です)とかぶるじゃないですか。ええ、内容はやっぱりぜっんぜん関係ないんですけどね、はい。

そんなわけで、来週末からインドに行きます。
大まかなコースは「2001年インドの旅」をなぞるものになります。(訪問順や移動方法などの違いは多々ありますが)
あえて同じ町を訪れることで、この9年間で変わったもの、逆に変わらなかったものが見えてくるのではないかと思うわけです。そしてそれはインドやインド人の変化というものだけではなく、自分自身においてもどう変わって来たか(変わってしまったか)を確認することになるのではないかと思うのであります。

そんなインドレポートは、可能であれば現地から(このブログで)発信したいと思っております。
写真を交えての詳細な報告は帰国後(5月末)になると思いますが、それまでも、たまにはこのブログを覗きに来て頂きたいとお願いする次第であります。

それでは元気に、行って参ります!

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インドの南京錠

インド:2001年7月17日(火)デリー・2001年インドの旅第90回

この記事は2001年にインドを旅した時のメモを元に、遠ざかりつつある記憶を引き戻し加筆、補足したものです。つまりこのブログを利用してもう一度旅をなぞり、記録を整理しようというわけなのであります。なので最新のインド事情ではありませんので、参考程度(まあ他の記事も同じようなものですが)にお読み下さい。 尚、記事は概ね時系列で書き連ねて参りますので、「あれ?これ前にどこかで見たなあ」というものも出て来よーかと思いますが、そこらへんはどうぞご了承下さいませ。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時Rs.1が約2.7円、3倍にして1割引けば簡単に計算できます。

7/17(火) デリー 曇り 気温朝28℃→32℃

6時少し前に、周りの人が動き出した気配で目が覚める。
外はもう都市が近いらしく家がたくさん見える。雨が降っている。

チャイを飲み身支度を整えると、すぐにニューデリー駅に到着。6:45頃。

駅は早朝だからか意外に客引きがおらず、リキシャの客引き程度であった。
メインバザールもまだ人もまばらで歩きやすい。
ホテルの客引きが寄って来て、スターパレスの名刺を見せる。同じ名刺を見せ、予約がすでにしてある旨伝えると、おとなしく引き下がった。
しかしその先にいたじいさんはしつこく、予約をしてあると言うのに、先に立ちスターパレスに連れて行く。しかしフロントの人が我々の顔を覚えており、じいさんは怒鳴られ追い返される。じいさん、入口付近でまだ未練がましくこっちを見ていた。

部屋は約束通り403号室を空けておいてくれた。他は満室とのことであり、予約をしておいてよかったと思う。
お湯はNo.9にTelすれば元のスイッチを入れてくれるとの事。どうりで前は出なかった訳だ。
快適なシャワーを浴び、ヒゲを剃る。

10時過ぎ、出掛ける。

出がけに近くの店とチャイ屋に写真を渡す。
チャイ屋ではチャイを飲みしばらく休む。

そのままステート・エンポリアムまで行く。
途中でトウモロコシを食べる。Rs.5。

3:50帰路に着く。
家にTel.、途中切れたりして3回かけ、Rs.83。
ネットカフェはいっぱいで待つこと40分。
ようやくメールチェックができた。

ホテルで水シャワーを浴び、ルームサービスでガーリックチキン、ライス、チキンスープと水を頼む。

朝目が覚めると、すでにシークのおっさんはいませんでした。

ベッドを片づけるとすぐに上段の人も降りて来て、シートに並んで座りました。
とは言え、この人とは会話はまったくなく、ただ二人で黙って前の席でまだ寝ているMくんを意味もなく見つめているだけでした。
そんな二人の視線を感じたのか、間もなくMくんも薄眼を開け、じっと自分を見つめる四つの目にちょっと照れたようにしておりました。

ニューデリー駅には6時45分頃到着しました。
まだ完全に動き出していない早朝のニューデリー駅に降り立つと、なんとも懐かしい気持ちが込み上げて来ました。2か月前にはこの駅の外国人専用切符売り場にもなかなか行きつけなかったというのに、今はまるで故郷に帰って来たような気分です。

それはホテルも同じ事で、すでにコルカタ(カルカッタ)から以前と同じ部屋に泊まりたいとリクエストを入れていたこともあり、2か月ぶりに入った部屋は本当に自分の家に帰って来たように思えました。

インド・メインバザールの宿の部屋からの眺めこれで今回の旅の振り出しの場所(正確には自宅が「振り出し」ではありますが)に戻って来たことになり、約70日間、移動距離約8,500kmの旅は一応の終りとなります。
この旅では特に目に見える成果というものはなにもないのですが、この歳にしてこんなにもたくさんの「初めての経験」をしたり、「新しい知識」を得られるとは思ってもみませんでした。なにしろ旅を終えて戻ったこのホテルで、シャワーを使う際にはフロントに電話するとボイラーのスイッチを入れてくれるという「新事実」を知ったほどなのです。
まっ、できればインド到着初日にその言葉が聞き取れていたなら、この旅で泊まったほとんどのホテルで快適なシャワーを浴びることができたわけですけどね。

さらにこの旅では、情け容赦なく襲いかかるインド人のスルドイ攻撃や、思いもよらない親切な行為に、その都度本気で怒ったり喜んだりできた(させられた)ことが、今となって思えばなかなか貴重な体験だったのではないかと思うわけです。

とにかくです、おそらくこの旅で私は少しは成長できたのではないかと思うわけでありまして、この場をお借りしてお礼を申し述べさせて頂くのであります。

実に勉強になりました!インドの国よ!
大変お世話になりました!インドの人たち!

本当にありがとうございました!

おしまい

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