2016年グジャラート再訪・第46回 / グジャラートの旅を終えて

ブジに到着した翌日、私はバザールの布屋でバスタオルを買った。
値段は120ルピー(約192円)だったので、500ルピー札を出してみた。
すると店主は苦笑いしながら「これは使えない」と言う。
昨日のレストランはなんとかぎりぎりで受け取ってもらえたが、ついに旧高額紙幣の流通は停止したようである。

インド、グジャラート州、ブジの布屋

500ルピー札を差し出した私に、「だんな、そんな紙切れ使えまっかいな」と店主は言った。ついにその時が来たという瞬間であった。

今回の500ルピー札と1000ルピー札の廃止は、11月8日(2016年)午後8時に突然宣言された。
ブラックマネーの根絶が狙いだったとのことで、ごく一部の人間を除き、金融機関にも寝耳に水の電撃的発表及び実施だったようである。

そのような事情からか、発表翌日から金融機関は休業となり、実際に動き始めたのは11日(金)だったようである。少なくとも10日にジャムナガルの街を歩き回った時には、どこにも混乱らしきものは見当たらなかった。

それが11日のブジ行のバスからは、金融機関に人々が群がっている光景をあちこちの街で目にした。

インドの郵便局に押し寄せる人々

郵便局には新札との交換や旧札の預金のため長い列ができていた。

旧札は新札へ交換ができ、また12月31日(2016年)までは旧札を自分の口座に入金することはできるとのことであった。
しかし新札はまだ準備不足とのうわさであり、口座への入金といっても口座を持っていない人も多いことであろう。そもそも今回の強硬手段はタンス預金を吐き出させる狙いもあるとのことなのだ。

とにかく当面金融機関の窓口やATMが混雑するのは必至である。

インドのキャッシュクライシスにより銀行に詰めかける人々

そもそもかなり抜き打ち的な発表だったため、おそらく銀行側も準備不足だったことだろう。

私はというと、まだかなりの枚数の500ルピー札を保有していた。その一方で確実に使える通貨はごくわずか(日本円で3~4千円ほど)しかないが、ゲストハウスの支払いは500ルピー札でOKとオーナーから言われており、またブジから先の列車のチケットはすでに持っているため、それほどの危機感はなかった。

しかしゲストハウスのすぐ前にある小さな郵便局に、たくさんの人が押しかけているのを目にしたり、時折聞こえて来る怒声を耳にしたりすると、ふと「暴動」の二文字が頭に浮かぶのであった。

インド、ブジの小さな郵便局にも人々が押し寄せていた

みんな新札と交換するための申込用紙に一生懸命記入していた。

そんな波乱のグジャラートの旅となってしまったが、結果から言えば申し訳ないほどスムーズであったと思う。
立ち往生することもなく、大きく予定を変更せざることもなく、そして保有していた500ルピー札も仕入ですべて使い切れた。

こうした旅をすると人々の親切をしみじみ感じたりするものだが、今回のようなアクシデントに見舞われるとさらにそれを実感する。

インド、ブジのオートリキシャのドライバー

ブジを発つ朝、駅まで乗せて行ってくれたオートリキシャのおにいさん。支障なく送り届けていただき、ありがとうございました。

日本のパスポートには「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助をあたえられるよう、関係の諸官に要請する」とあるが、まさしくそれを実践していただいたようで、お世話になった関係各位に心から御礼申し上げる次第であります。

本当にありがとうございました。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第36回 / 持ち金チェックと今後の方針

昨夜(2016年11月8日)の突然の高額紙幣廃止宣言から一日が経ち、外務省からのメールやテレビのニュースなどにより少しずつ状況がわかって来た。

インドの旧500ルピー札

一夜にして政府のお墨付きを外されたかわいそうなお札たち。

一応法律上は500ルピー札と1000ルピー札は通貨ではなくなったらしいが、年内は金融機関窓口での新札への交換ができ、さらに銀行口座への入金は可能であるらしい。
また本日金融機関は一斉に臨時休業となり、一般庶民は新札への交換もできず、とりあえず状況観察するしかないようである。

そのためか、はたまたここがインド西端の片田舎だからか、とにかくまだ500ルピー札は通用している。
実際早朝のジュナーガルのホテルでの支払いやバスの運賃、ここドワルカでの食事などで500ルピー札は特に問題なく受け取ってもらえた。
そのためお釣りでもらった100ルピー札や50ルピー札の「法定通貨」が増えた。お金を使うとお金が増えるなどというのは初めての経験である。

というわけで、9日夜の時点での手持ち金額は以下の通りとなった。

100ルピー札が18枚
50ルピー札が5枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が8枚

合計金額2,190ルピー(約3,500円)である。

やった! 朝より1,000円以上増えてるぞ!

とは言え、こんな金額じゃまだまだ心もとない。

今回のグジャラートの旅は、アーマダバードを起点とし目的地をカッチ地方のブジとする約2週間の行程である。

そのため帰路となるブジ―アーマダバード間の普通列車のチケットと、アーマダバード-デリー間の特急のチケットは事前に確保してある。
なのでそこまでなんとかたどり着ければ、デリーまでは帰りつけるということになるのである。
ただしブジの列車は11月16日発、アーマダバードの列車は11月17日発とまだ一週間ほど先であり、それまで食いつなげるかが問題なのだ。

はたしてこの先通貨問題にからむ状況はどうなるであろうか。
まあ金融機関が動き出しても、その窓口が大混雑することは確実であるので、そこで旧札を交換しようなどという選択肢はすでに考えていない。
とりあえずは500ルピー札を使えるだけ使うことだが、一般の人たちがいつこの問題の重大さに気付くかである。少なくともこの界隈の今日の時点では、みんなまだそれほど深刻に考えていないような雰囲気がある。たぶん新札に交換すれば済むことだくらいにとらえているのではないかと見受けられる。
でも相手はインド政府なのである。そうスムーズにはいかないであろう。なのでみんな誰かが慌て出すのを見て自分も慌て出し、それが連鎖反応を引き起こして大混乱となることは間違いないであろう。
そしてそれは金融機関が動き出した時であり、特に大都市から先に大混乱に発展するであろうと私は予想した。

なので一番いいのは早いとこド田舎のブジに行ってしまい、定宿のゲストハウスでのんびり過ごすことだと結論付けた。
予定ではラジコット(ラージコート)に寄って、ガンディーゆかりの地を訪れたかったのだが、ラジコットはそこそこの都会らしいので避けた方が無難であろう。下手をしたら暴動に発展する事態だって想定できるのである。

まずは明朝このホテルの支払いが500ルピー札でできるかであるが、それが今後の行動を決めるひとつの判断材料になるであろう。

テレビではアメリカ大統領選のニュースを伝えている。どうやらまさかの結果になったらしい。
まったく世の中一寸先は闇であり、だれにも予想できないのだなあ。

とにかくまあ明日は明日の風が吹く。成り行きに任せそれ次第でどうすればいいかを決めればいいやと思ったら、少し気楽になった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第35回 / ドワルカのガートにて

インド国内にはヒンドゥー教の聖地というものがあちこちにある。
でまあ聖地に限らずそういうものの中から突出したものをひとくくりにして、三大〇〇とか五大〇〇とか呼んだりするが、ここドワルカもヒンドゥー教の四大巡礼地のひとつである。

インドの聖地と言えば階段状のガート(沐浴場)を思い浮かべる人も多いと思うが、ここドワルカにもちゃんとガートがある。
ここはアラビア海に面した河口にあたるので、一日のうちでも潮の満ち引きによって水量がかなり変わり、向こう岸に歩いて渡れる時間帯もある。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

この沐浴場は海の干満により水位がかなり変わる。

日の出の時刻ともなると、このガートは祈りを捧げる巡礼者でいっぱいになるが、昼の日中の間抜けな時間だと、水遊びに興じる若者などもいてとてものどかな雰囲気である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

昼間は沐浴より、明らかに楽しんでいる人たちが目につく。

そんなガートの傍らで、なにやらせっせと粉を練っているおっさんがいた。
まさかこんなところで陶芸でもあるまいし、いったいなんだろうと思っていると、おっさんは練った粉をこぶし大の団子にして並べ始めた。ははあ、あれは魚の餌なのだな。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

おっさんはその場で商品を製造する。これも地産地消と言うのだろうか。

確かにこの河には魚がたくさんいる。
すぐそこが海なのでボラなのかもしれない。とにかくなかなか大きな魚が群れを成してガート付近をウロウロしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

魚もこれほどいるとちょっとなあ・・・

おっさんはそんな魚にあげるエサを売っているのである。
動物にエサを与えるのはなかなか楽しいことであるが、巡礼者は功徳のつもりでエサを与えるのだろう。
おっさんの団子は二つで10ルピー(約16円)のようである。材料は粉と水だけとはいえ、結構一生懸命練った産物にしてはちょっと安過ぎるような気がする。私はここに一時間以上座って見ていたが、その間客は二人くらいしか来なかった。まあここが一番にぎわう朝には、きっともっと売れるのであろうが、あまり儲かる商売とは言えないであろう。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

恋人たちは魚の群れに何を願うのか。

と、そこに袋いっぱいのパンを持った少年がやって来た。
どうやらパンは少年が食べるためのものではなく、魚にやるつもりで持って来たようであった。実際少年はパンをちぎっては河に投げ込んでいる。
う~ん・・・功徳もいいがちょっともったいない気もする。私も日本で友人が川の鯉にあげるために買ったパンを、つい我慢しきれずにもらって食べたことがあるが、腹をすかせた人が見たらどう思うであろうか。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

インドもついに飽食の時代に入ったのか。

まあそれでも自分のパンを誰に食べさせようと少年の勝手であるので、それはまあそれでいい。
しかしこの少年はついに大量のパンを持て余し、こともあろうかおっさんの傍らに来て、エサを買いに来たと思われる人に自分のパンを配り始めたのである。これは完全に営業妨害である。しかも無料という大幅なダンピングによって、おっさんのシェアを根こそぎ奪っているのである。ここはすぐさまセーフガードを発令し、少年のパンに200%の報復関税をかけるべきである。 あー、元がタダだからいくら掛けても0のままか・・・

インド、グジャラート州ドワルカのガート

少年よ、君はまだ生きる苦しみというのを知らない。

見れば少年は金持ちの子供丸出しのふくよかさで、頬のこけたおっさんに比べて偉そうである。
そこにカーストなどの諸事情や客商売ならではの低姿勢が絡んで来るためか、おっさんはただ苦笑いを浮かべて弱弱しく「勘弁してくださいな、坊ちゃん」というようなことを言うのが精いっぱいなのである。

私はそうした光景をずっと見ていて非常に腹立たしく思ったのだが、部外者である私が出て行って少年の頭をポカリと殴るわけにもいかず、せめて懇親の力を込めて、少年がガートで滑って河に落ちてしまえと祈るしかないのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドのおもちゃ