2016年グジャラート再訪・第36回 / 持ち金チェックと今後の方針

昨夜(2016年11月8日)の突然の高額紙幣廃止宣言から一日が経ち、外務省からのメールやテレビのニュースなどにより少しずつ状況がわかって来た。

インドの旧500ルピー札

一夜にして政府のお墨付きを外されたかわいそうなお札たち。

一応法律上は500ルピー札と1000ルピー札は通貨ではなくなったらしいが、年内は金融機関窓口での新札への交換ができ、さらに銀行口座への入金は可能であるらしい。
また本日金融機関は一斉に臨時休業となり、一般庶民は新札への交換もできず、とりあえず状況観察するしかないようである。

そのためか、はたまたここがインド西端の片田舎だからか、とにかくまだ500ルピー札は通用している。
実際早朝のジュナーガルのホテルでの支払いやバスの運賃、ここドワルカでの食事などで500ルピー札は特に問題なく受け取ってもらえた。
そのためお釣りでもらった100ルピー札や50ルピー札の「法定通貨」が増えた。お金を使うとお金が増えるなどというのは初めての経験である。

というわけで、9日夜の時点での手持ち金額は以下の通りとなった。

100ルピー札が18枚
50ルピー札が5枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が8枚

合計金額2,190ルピー(約3,500円)である。

やった! 朝より1,000円以上増えてるぞ!

とは言え、こんな金額じゃまだまだ心もとない。

今回のグジャラートの旅は、アーマダバードを起点とし目的地をカッチ地方のブジとする約2週間の行程である。

そのため帰路となるブジ―アーマダバード間の普通列車のチケットと、アーマダバード-デリー間の特急のチケットは事前に確保してある。
なのでそこまでなんとかたどり着ければ、デリーまでは帰りつけるということになるのである。
ただしブジの列車は11月16日発、アーマダバードの列車は11月17日発とまだ一週間ほど先であり、それまで食いつなげるかが問題なのだ。

はたしてこの先通貨問題にからむ状況はどうなるであろうか。
まあ金融機関が動き出しても、その窓口が大混雑することは確実であるので、そこで旧札を交換しようなどという選択肢はすでに考えていない。
とりあえずは500ルピー札を使えるだけ使うことだが、一般の人たちがいつこの問題の重大さに気付くかである。少なくともこの界隈の今日の時点では、みんなまだそれほど深刻に考えていないような雰囲気がある。たぶん新札に交換すれば済むことだくらいにとらえているのではないかと見受けられる。
でも相手はインド政府なのである。そうスムーズにはいかないであろう。なのでみんな誰かが慌て出すのを見て自分も慌て出し、それが連鎖反応を引き起こして大混乱となることは間違いないであろう。
そしてそれは金融機関が動き出した時であり、特に大都市から先に大混乱に発展するであろうと私は予想した。

なので一番いいのは早いとこド田舎のブジに行ってしまい、定宿のゲストハウスでのんびり過ごすことだと結論付けた。
予定ではラジコット(ラージコート)に寄って、ガンディーゆかりの地を訪れたかったのだが、ラジコットはそこそこの都会らしいので避けた方が無難であろう。下手をしたら暴動に発展する事態だって想定できるのである。

まずは明朝このホテルの支払いが500ルピー札でできるかであるが、それが今後の行動を決めるひとつの判断材料になるであろう。

テレビではアメリカ大統領選のニュースを伝えている。どうやらまさかの結果になったらしい。
まったく世の中一寸先は闇であり、だれにも予想できないのだなあ。

とにかくまあ明日は明日の風が吹く。成り行きに任せそれ次第でどうすればいいかを決めればいいやと思ったら、少し気楽になった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドの南京錠

2016年グジャラート再訪・第35回 / ドワルカのガートにて

インド国内にはヒンドゥー教の聖地というものがあちこちにある。
でまあ聖地に限らずそういうものの中から突出したものをひとくくりにして、三大〇〇とか五大〇〇とか呼んだりするが、ここドワルカもヒンドゥー教の四大巡礼地のひとつである。

インドの聖地と言えば階段状のガート(沐浴場)を思い浮かべる人も多いと思うが、ここドワルカにもちゃんとガートがある。
ここはアラビア海に面した河口にあたるので、一日のうちでも潮の満ち引きによって水量がかなり変わり、向こう岸に歩いて渡れる時間帯もある。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

この沐浴場は海の干満により水位がかなり変わる。

日の出の時刻ともなると、このガートは祈りを捧げる巡礼者でいっぱいになるが、昼の日中の間抜けな時間だと、水遊びに興じる若者などもいてとてものどかな雰囲気である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

昼間は沐浴より、明らかに楽しんでいる人たちが目につく。

そんなガートの傍らで、なにやらせっせと粉を練っているおっさんがいた。
まさかこんなところで陶芸でもあるまいし、いったいなんだろうと思っていると、おっさんは練った粉をこぶし大の団子にして並べ始めた。ははあ、あれは魚の餌なのだな。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

おっさんはその場で商品を製造する。これも地産地消と言うのだろうか。

確かにこの河には魚がたくさんいる。
すぐそこが海なのでボラなのかもしれない。とにかくなかなか大きな魚が群れを成してガート付近をウロウロしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

魚もこれほどいるとちょっとなあ・・・

おっさんはそんな魚にあげるエサを売っているのである。
動物にエサを与えるのはなかなか楽しいことであるが、巡礼者は功徳のつもりでエサを与えるのだろう。
おっさんの団子は二つで10ルピー(約16円)のようである。材料は粉と水だけとはいえ、結構一生懸命練った産物にしてはちょっと安過ぎるような気がする。私はここに一時間以上座って見ていたが、その間客は二人くらいしか来なかった。まあここが一番にぎわう朝には、きっともっと売れるのであろうが、あまり儲かる商売とは言えないであろう。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

恋人たちは魚の群れに何を願うのか。

と、そこに袋いっぱいのパンを持った少年がやって来た。
どうやらパンは少年が食べるためのものではなく、魚にやるつもりで持って来たようであった。実際少年はパンをちぎっては河に投げ込んでいる。
う~ん・・・功徳もいいがちょっともったいない気もする。私も日本で友人が川の鯉にあげるために買ったパンを、つい我慢しきれずにもらって食べたことがあるが、腹をすかせた人が見たらどう思うであろうか。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

インドもついに飽食の時代に入ったのか。

まあそれでも自分のパンを誰に食べさせようと少年の勝手であるので、それはまあそれでいい。
しかしこの少年はついに大量のパンを持て余し、こともあろうかおっさんの傍らに来て、エサを買いに来たと思われる人に自分のパンを配り始めたのである。これは完全に営業妨害である。しかも無料という大幅なダンピングによって、おっさんのシェアを根こそぎ奪っているのである。ここはすぐさまセーフガードを発令し、少年のパンに200%の報復関税をかけるべきである。 あー、元がタダだからいくら掛けても0のままか・・・

インド、グジャラート州ドワルカのガート

少年よ、君はまだ生きる苦しみというのを知らない。

見れば少年は金持ちの子供丸出しのふくよかさで、頬のこけたおっさんに比べて偉そうである。
そこにカーストなどの諸事情や客商売ならではの低姿勢が絡んで来るためか、おっさんはただ苦笑いを浮かべて弱弱しく「勘弁してくださいな、坊ちゃん」というようなっことを言うのが精いっぱいなのである。

私はそうした光景をずっと見ていて非常に腹立たしく思ったのだが、部外者である私が出て行って少年の頭をポカリと殴るわけにもいかず、せめて懇親の力を込めて、少年がガートで滑って河に落ちてしまえと祈るしかないのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第31回 / まさしく寝耳に水だった・インドのキャッシュクライシス

この旅にはタブレット端末を持って来ていた。

これまで旅に持って行く文明の利器と言えば、インドの携帯電話とデジタルカメラくらいだったのだが、今回は安いタブレット(6千円ちょうど!)を携行した。

まあスマホではないので通信はWi-Fi利用となりもっぱら宿での使用となるが、それでも一昔前みたいなネットカフェ(インドではサイバーカフェと言ったが)通いをしなくてもいいので大変便利である。
さらにデータ版(PDF)のロンリープラネットも突っ込んで来たので、次に行く町の情報や交通機関の情報を知るのにとても役に立った。

インドのガイドブックを入れたタブレット端末

宿の部屋に居ながらにしてのメールチェックや情報収集、それに重いガイドブックを持ち歩かなくて済むので本当に助かる。

そんなタブレットがこの旅で一番役に立ったのは、なんと言っても11月9日(2016年)の未明のことだった。

その日はジュナーガルを早朝のバスで発つ予定だったので、5時に目を覚ましメールのチェックをしたところ、インドで突然高額紙幣の使用中止が発表されたとのニュースが飛び込んで来た。
それは日本からの連絡であったが、のちに日本大使館からも以下の文面の連絡を受け取った。

【以下、在留邦人および「たびレジ」(旅行者への情報配信サービス)登録者へのメール】

新紙幣発行に係る情報について(お知らせ)

2016年11月9日
在インド日本国大使館

 8日夜、モディ首相は国民への演説を行い、500ルピー紙幣及び1,000ルピー紙幣の無効化並びに新500ルピー紙幣及び2,000ルピー紙幣の導入を発表しました。インド財務省が発出した通達やインド準備銀行(RBI)が発表したFAQ(Frequently Asked Questions)等の政府発表資料によると、概要は以下1~3のとおりです。

1 現行紙幣等の取扱い
(1)現行の500ルピー紙幣及び1,000ルピー紙幣(以下、「旧高額紙幣」と言います)は、11月8日24時(9日午前0時)以降、法定通貨としての効力を失っており、使用できません。但し、以下の支払いにおいては、11月11日までの間、引き続き使用可能です。
ア 政府系病院での治療費用の支払いや、医師の処方箋を示して政府系病院の薬局で医薬品を購入する際の支払い
イ 鉄道、政府又は国営企業(が経営する)バス、空港のチケットカウンターでチケットを購入する際の支払い
ウ 中央政府又は州政府の認可の下で運営する消費者共同組合店舗(consumer cooperative stores)での支払い
エ 中央政府又は州政府の認可の下で運営する牛乳販売店での支払い
オ 国営石油販売企業の認可の下で運営するガソリンスタンドで石油・ディーゼル・ガスを購入する際の支払い
カ 火葬場や墓所での支払い
キ 5,000ルピーを超えない旧高額紙幣を有する国際線の乗客が、国際線空港で両替をする場合
ク 外国人旅行者が5,000ルピーを超えない旧高額紙幣等を空港で両替する場合
(2)100ルピー紙幣以下の小額紙幣は引き続き使用可能です。
(3)クレジットカードやデビットカード、小切手での支払いは引き続き可能です。

2 本9日の銀行の営業
 銀行は、本日営業しておりません。ATMについては、本日及び明10日閉鎖しております。

3 新紙幣との交換等
(1)旧高額紙幣は、2016年12月30日までの間、銀行支店等にて銀行に預金する、又は新紙幣を含む使用可能な紙幣と交換することができます。
(2)交換の上限は4,000ルピーですが、この上限は15日後に見直されることとされています。
(3)預金の上限はありません。(但し、KYC(Know Your Customer)規則に従っていない口座については上限50,000ルピーとされています。)
(4)11月24日までの間、銀行窓口での現金引出しの上限は1日10,000ルピー、1週間の上限は20,000ルピーとされています。11月24日以降、上限については見直すこととされています。ATMでの現金引出しは11月18日までは上限カード1枚当たり1日2,000ルピー、11月19日以降はカード1枚当たり1日4,000ルピーとされています。

【以上】

ちょっと長い文面だが、要は500ルピー札と1000ルピー札が突然使用できなくなったということである。

インドの旧高額紙幣

これはすでに通貨ではなくただの紙なので「見本」などのかぶせ文字は必要ないのだ。

モディ首相の演説は8日夜8時に行われ、実施が翌午前0時からとのことで、まさに寝込みを襲う奇襲作戦であり、寝耳に水の強硬策であった。

この施策の一番の狙いはブラックマネーの根絶ということにあったようだが、そんなことはこの時点ではもちろんわからない。

インドの高額紙幣廃止の看板

この時点(2016年11月8日)で500ルピー札と1000ルピー札のインド国内での流通量は全紙幣の86%も占めていたのだ。

まったくインド政府は何を考えているのだ。
そもそも通貨、特に紙幣などというものは、盤石な国家が責任を持って保証して初めて「紙」が「金」として流通するものなので、こんなに簡単に「紙」に戻されてしまってはたまらない。いったい何を信用したらいいのかわからなくなってしまう。

まあ政府批判はひとまず置いといて、現実問題として高額紙幣が使えないとしたら、現時点での持ち金はどれほどなのだろうかと、ベッドの上に財布の中身を並べてみた。

すると、

100ルピー札が12枚
50ルピー札が3枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が11枚

つまり合計でも1,520ルピー(約2400円)しかない。
あとはコインがいくらかと、500ルピー札が60枚(約48,000円)である。

夕べまでは日本円で5万円も持っているお金持ちだったのに、目が覚めたら2,400円しか持ってないことになろうとは、世の中何が起こるかわからないものである。

予定ではまだ一週間以上グジャラートを回るつもりである。宿泊費はクレジットカードの使えるホテルにするとしても、一日350円足らずの予算ではちと厳しい。だいたい移動ができないではないか。

でももしかするとそこはインドのことである。こんな急な通貨規制を厳正に施行に移せるとは到底思えない。きっとなんとなくこのままずるずると使用可能状態が続くのではないかと私は踏んだ。

とにかく使えるだけ500ルピー札を使ってしまおうと、少し早めに宿をチェックアウトすることにした。

インド、ジュナーガルのホテルハーモニーのフロント

さすがにバスターミナル近くのホテルである。早朝にもかかわらず従業員が二人も待機していた。

宿代2,656ルピーに対して、何食わぬ顔でフロントの従業員に500ルピー札6枚を差し出してみた。
すると従業員は「釣りが無い」と言う。しかしこれはいつものことであり、少なくとも500ルピー札の受け取りを拒否しているわけではない。従業員があのニュースをまだ知らないのか、それとも私と同じようにまさか即日厳正施行にはならないだろうと思っているのかは知らないが、とにかくここでは使えそうである。
そこで私は事前に小額紙幣を抜き取っておいた財布を見せ、こちらもそれしか無いんだと譲らない。
従業員はしばらく引き出しの中をごそごそ探していたが、やがてあきらめて自分の財布から釣り銭の小額紙幣を出して渡してくれた。

まるでババ抜きのようだが悪く思うなよ、こちらも必死なのである。

この通貨危機の話はこの後もたびたび出て来ることになるが、ちょっと先回りしてデリー帰着後の状況を言えば、廃止された高額紙幣に代わる新紙幣の供給はまったくと言っていいほど追いついておらず、旅行者向けの両替所などもシャッターを閉ざしたまま営業をしておらず、一般庶民だけでなく外国人旅行者も大いに困っていたのであった。

インド、ニューデリーの両替屋

商売道具がないのではどうしようもないのだ。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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ブロックプリントの版木

異邦人が思う白い朝:デリーの環境対策

まだ私が若かりし頃、「異邦人」という歌がずいぶん流行った。
あの異国情緒あふれるメロディーと詩に、まだ見ぬ世界(特に中東あたり)に想いを馳せたものである。

その歌の中に「私を置きざりに過ぎてゆく白い朝」という歌詞が出て来るのだが、そもそもあの歌のタイトルは「白い朝」というものだったそうである。

異国で迎える白い朝。なんてロマンティックなんだろう。
こんな感じだろうか・・・

デリーの大気汚染

白く煙るデリーの街 / 2017年11月8日のニュースサイトより

急激に発展を続けるインドでは、深刻な大気汚染(それだけじゃないが)が進んでいる。上の画像はそんな大気汚染で煙るデリーの街である。ぜんぜんロマンティックなんかじゃないのだ。

そのニュースはたびたび日本でも報道されるが、ついにデリー市内の全小学校が、大気汚染による臨時休校という事態にまでなった(2017年11月7日)。なんでもWHOの定める安全基準の30倍近くにも達する大気汚染だというから、まさに異常事態である。

もちろんインド政府もただ手をこまねいているだけではなく、ずいぶん前から環境汚染対策は行ってはいる。

その第一弾とも言うのが、2001年に始まった公共交通機関のCNG化だった。
これはガソリンより環境にやさしいCNG(圧縮天然ガス)を燃料とするというもので、デリーなどの大都市から規制が始まった。

インド、CNG燃料で走るオートリキシャ

これが大気汚染の切り札になるかと思われたのだが・・・

しかしそんな対策も、車の普及のスピードには追い付かなかったようである。
燃料を変えても内燃機関を使用している限り、この大気汚染は止められないのだろう。ついにインド政府はこの6月(2017年)、2030年までに電気自動車以外の車両販売を中止すると発表したのだった。

まあその実現の可否は別にしても、すでにデリーでは数年前から電動のオートリキシャが走り始めている。
でも私は従前の(特に古いタイプの)オートリキシャが好きなので、ここでは特に紹介して来なかっただけなのだ。
でまあ、今さらではあるが、これがその電動式オートリキシャである。

デリーの電動式オートリキシャ

はたして救世主となるかどうかはわからないが、いずれは全部これに置き換えられるのだろう。

ドライバー氏のなんと晴れがましい笑顔であろうか。自分が新しい時代の担い手であることを自覚しているようである。

でもインドでは環境にやさしい乗り物はもっともっと昔からある。

上の写真でも右端に写っているが、自転車を改良したサイクルリキシャである。
これならいくら走っても、出るのは漕ぎ手の汗と息、それからウ〇コくらいなので、それほど環境に悪くない。

そしてもう一つ、やはり上の写真の右奥に写っている赤い丸の書かれた看板なのだが、これはデリーメトロの駅を示すものである。

デリーメトロは2002年から営業を始めた電車である。
開業当初は路線も限定的だったこともあり、車内はいつもガラガラだったが、今ではラッシュ時の主要駅では乗り切れないほどの乗客でごった返している。
とにかく今やデリーメトロは庶民の重要な足となり、他の大都市でも同様の路線建設が進んでいるので、少しは車離れにつながることであろう。

インドのデリーメトロ

これはもうラッシュアワーが終わったあとのホーム。

とまあ、なかなか大気汚染の進行を食い止めるまでには至らないインドであるが、その一方でまだまだ人力や動物の動力なども使用されており、そうした新旧入り混じった対策を進めて行けば、きっと今にきれいな空を取り戻すことができるのではないかと、かなりの期待を込めてそう信じたい。

まあ所詮私は、ちょっとふり向いてみただけの異邦人ではあるのだが。

快適な空の旅・日本航空デリー便

昨年(2016年)秋の渡印の際は日本航空を利用した。

以前はエア・インディアをよく利用していたが、それはただ単に「安い」というだけの理由であり、別にエア・インディアのファンだったわけではない。本当は毎回日本航空(以下JALと記す)に乗りたいのである。

それが今ではJALでも安いチケットを出すようになったので、最安日を選んで早めに予約した。
料金は税やらなんやらすべて含めて8万4百円であった。しかもJALのサイトから座席の指定もできるので、私は中央(4人分が並んでるところね)の通路側を押さえておいた。

さて出発当日、成田空港のJALカウンターに行くと、職員の対応が何やらおかしい。穏やかな笑顔と丁寧な口調で申し分のない接客態度なのだが、私のチケットを見るや、こそこそとどこぞへ連絡をするのである。
こちらとしては特にやましいところは何もないのだが、今日の乗客の中でおそらく一番お金を払っていないシケた客だということが少々気がかりではある。何か無理難題を押し付けられるのかもしれない。

日本航空のデリー便

やはり日本人には日本の航空会社が肌に合うのだ。

やがて連絡を終えた職員は私に向き直り、「実は本日のフライトは団体のお客様で大変込み合っておりまして・・・」と言うのである。

ほ~ら来た、私はどうすりゃいいのだ。補助席か?それとも立ってつり革か?

しかし天下のJALはそんなことは言わなかった。

「できればプレミアム・エコノミーのお席にお移り頂けないでしょうか」と来たもんだ。

ただ悲しいかな、私はそういう席が世の中にあるということを知らなかった。なので一瞬何を言われているのか意味がわからなかったのである。

しかし天下のJALのきれいなおねえさんが、微笑みをたたえながら丁寧な口調でそう申すのである。おそらくそれは私に不利になることではあるまい。これがエア・インディアの不愛想な太ったおばちゃんに言われたら、即座に大声で「ノー!ノー!」と叫び、なんとしても自分の指定した席に座らせろと全力で主張したことであろう。

やはり私の感は当たっていた。プレミアム・エコノミーという席は、エコノミーよりグレードが上だった。
私は急に自分がお金持ちになったような気分になり、意気揚々と飛行機に乗り込んだ。乗り込むときも、フライトアテンダントの人にプレミアム・エコノミーの搭乗券を自慢げに提示した。

さすがにプレミアム・エコノミーである。シートは通常のものより幅があり、前の座席との間隔も広く、あまつさえフットレストなんてものまでついている。

日本航空のプレミアム・エコノミーの席

なんだか天下を取ったような気分である。

お飲み物のサービスではシャンパンをもらった。なにしろプレミアム・エコノミーだもんな。

日本航空デリー便、プレミアム・エコノミーのドリンクサービス

飛行機はまだ広島の上空だが、誠に快適な空の旅となりそうである。

機内食もいつもより上等のようである。

日本航空デリー便、プレミアム・エコノミーの機内食

私は機内食があまり好きではないので、内容の良し悪しはあまりよくわからない。でもトレイに余裕があるところがエコノミーと違うというのはわかる。

モニター画面も大きいので、いつもはロクに見ない機内上映の映画も見た。「君の名は。」だったが、見て泣いてしまった。

デリー到着前の軽食も、なにやら上等そうなものが出た。

日本航空デリー便、プレミアム・エコノミーの機内食

プレミアム・エコノミーではこれ以外にもカップ麺のサービスなどもあるらしい。後から知ったので利用できなかったのが残念だった。

私はあまり飛行機が好きではなく、特に往きのデリー便は昼間飛んでいくので寝ることもできず、毎回その長い時間を苦痛に感じているのだが、今回初めて苦痛を味わうことなく快適に過ごせた。

ああ、世の中にはこんなすばらしい世界があったのだなあ。

この体験に味を占めた私は、次回からは少しお金を足してでもプレミアム・エコノミーにしようかなと思い、さっそくJALのサイトで料金を確認したら、あ~ら、ずいぶんお高いのねえ。やだわ、お金を少し足せば済むどころか、三回くらい往復できる金額じゃないのよぉ。

かくなる上は帰国便も団体客で込み合っていただき、「誠に申し訳ないのですが、プレミアム・エコノミーのお席に・・・」となることを願うしかない。

帰国時、デリー空港のチェックインは何事もなくスムーズに行われた。
そして私は、プレミアム・エコノミーより小さなモニターで「君の名は。」をもう一度見た。

席は狭く、画面は小さかったが、涙がとめどなく流れるのは同じであった。

石もて追われるようなことは決してするでないぞ:インドの列車への狼藉

前回前々回に続いてシャタブディ・エクスプレスの話である。

今までインドの列車には何度も乗ったが、今回初めて気づいたことがあった。

それがこれ、窓ガラスのヒビである。
インド・列車への投石まあ常日頃から物の取り扱いが荒っぽく(特に自分の物ではない場合など)、またメンテナンスの行き届かないインドでは、列車の窓ガラスにヒビが入っていて、それがしばらく放置されていても特に不思議ではない。

なので今までこういう光景を見てもあまり気にならなかっただけなのかもしれない。

インド・列車への投石しかし同じ列車の同じ車両で、いくつもの窓ガラスにヒビが入っているのを見たら、さすがにこれは異常と思わざるを得ない。いくらインドといってもである。

ほら、こちらは並んで二つ、まるで銃撃を受けた防弾ガラスのようになっている。

これはおそらく、いやまず間違いなく投石によるものであろう。

列車への投石に関しては、その昔チェンナイ滞在中にちょっとした暴動騒ぎがあり、その際暴徒らによる駅のチケットカウンターの焼き討ちと並んで、列車への投石があったというニュースを見た。
そして最近も、列車への投石が問題となっているというニュースを聞きかじってはいたが、こうして実際に窓ガラスのおびただしい数の損傷個所を目にすると、なるほど投石はなにも暴動の時だけでなく、もはや日常茶飯事と化しているのだなあと実感したのである。

窓ガラスが壊れるのも困るが、窓を開けっぱなしにしているところを狙われたらそれこそ大変である。なにしろインドの列車は今でも冷房がなく、窓を開け放している車両が大半なのであるから、石が体に当たれば大けがあるいは死に至ることだってありとても危険である。

でもたぶんその可能性は低いのだろうと思う。そもそも暴徒の行動でもわかるように、こうした投石の要因は日ごろの不満の表れであり、その矛先は上級列車(上級車両)に向かうであろうと思われるからである。

インド・列車への投石そこで狙われるのが、シャタブディやラージダニのような上級車両だけで編成されている列車であろう。

しかもご丁寧なことにシャタブディは水色、ラージダニは赤と、他の列車との違いを車両の塗装で表しているのだから、狙う方からすればこんな好都合なことはないのである。

と、今回のインドの旅では初めての乗車列車となったシャタブディ・エクスプレスでそんなことを思ったのであるが、期せずして最後の乗車列車となったのもまたシャタブディ・エクスプレスであった。

20時30分、ラクナウからニューデリーに向かっていたその列車は、30分ほど遅れてアリガル・ジャンクション駅に到着する直前であったが、突然バシッ!というするどい音が車内に響いた。

インド・列車への投石私は驚いて斜め前方の窓(ひとつ前の席の窓)を眺めると、あらら、なんとまあ窓ガラスにヒビが入っているじゃないの。しかもその真ん中には穴まであいているじゃないのよ。
それにしてもまさか自分の乗ってるすぐそばに投石されるとは思ってもみなかった。

まあ窓は二重ガラスになっているので、外側のガラスが割れただけで車内には特に影響はなかったが、その席は若夫婦と小さい子供が座っており、もし万が一石やガラスの破片が車内に飛び散ったらと思うと実に怖かった。

証拠もなくこうした仕業を貧困層の人たちによるものだと決めつけるのはよくないが、大きな駅の近くの線路際がスラム化していることも事実である。

で、これはあくまでひとつの仮説として言うのだが、もしそうした貧困層の子供が列車に向かって投石しているのであるなら、ぜひそのピッチング技術をクリケットの練習につぎ込み、プロ・クリケット選手になることを目指して欲しいと切に願う次第である。

あの天上に輝く明星がプロリーグの星だ!

あの星まで駆け上がれ!

人の想いは言葉の壁をも越えるのか:インドの物売り

「マッチ売りの少女」はとても悲しいお話である。

暮れも押し迫った凍てつく街頭でひたすらマッチを売り続ける少女。しかし足早に通り過ぎる人々は誰もマッチを買ってくれない・・・

私は小さい頃この本を母親に読んでもらいながら「誰かマッチを買ってやればいいのに」と憤ったものである。

でもそれは、この話がマッチ売りの少女目線で書かれているためである。

じゃあ実際に年末のあわただしいさなかに街角でマッチを買うかといえば、たぶん私は買わないと思う。

インド:交差点での物売りインドには小商人(こあきんど)がたくさんいる。彼らは身一つで元締めから託された商品をひたすら売り歩く。

彼らは街中にもいるし、大通りの交差点にもいる。そう赤信号で止まった車相手に商売をするのである。

売り歩く商品は様々である。
たとえばタオルを山ほど抱えて売りに来る少年がいる。
少年は信号待ちの車の間を移動しながら、一台一台タオルを広げて見せる。
まあタオルなら生活必需品なので売れるのではなかろうか。私は買わないけど。

新聞や雑誌を売りに来るじいさんがいる。
これも必要な人は買うであろう。もっとも私は読めないので買わないが。

インド:交差点での物売りそうかと思えば一抱えもある大きな風船を売りに来る青年がいる。
こんなもの誰が買うのかと思えば、これが意外と売れている。
これは使用時の商品の大きさに対して受け取る商品(ふくらます前の風船ね)が小さいので、売る方も買う方も楽であろう。ただし買った風船が見本のもののように大きくふくらむかはわからないが・・・

私が乗っていた車にも少年の売り子が来た。
少年が扱っている商品はボールペンである。
少年は買ってくれと言う。
私はいらないと答える。
そんな押し問答が何度か続く。
そうこうするうち前方の信号が青になった。
と、少年は少し開いた窓の上からボールペンを差し入れて来た。
私はあわててそれを押し戻す。
車がゆっくり動き出し、少年もようやくあきらめボールペンを引っ込め車から離れて行く。
あー、よかった・・・
しかし少年は車から離れる際、なにやらするどく言葉を言い放った。
いわゆる捨てゼリフというやつで、その雰囲気からしてちょっとした呪いの言葉のようにも聞こえたが、私はインドの言葉がわからないのでこんな時は大いに助かる。なにしろ呪いの言葉なんてものは、意味が分かって初めて心理的効果を表すものなのだ。

ところが、車が走り出してしばらくすると私の体に異変が起こった。
なんだか急に下っ腹が痛んで来たのである。
目的地に着いてからも腹の痛みは増すばかりで、昼時でもあったのでレストランに入り、すかさずトイレに駆け込んだ。

ひどい下痢をしていた。朝まではなんともなかったのに・・・

う~ん・・・もしかしたらこれはあの少年の呪いなのであろうか。
そしておそらく少年は私にこう言ったのであろう。

くそったれ!

と・・・

まったく人の想いというのは時として恐ろしい力をもつものなのだなあ。

ちなみに少年の呪いは二日間有効であった。

くそ・・・

動物の鈴・アニマルベル

罪のない遊び心は心を和ませてくれるのだ:インドの路上に見た砂の芸術

海の日に合わせるかのように各地で梅雨明けし、ついに本格的な夏がやって参りました。

ということで、みなさん

暑中お見舞い申し上げます

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さて、砂浜の海水浴場などに行くと、最初の頃は波と戯れたり泳いだりするものの、そのうち疲れて砂浜にどっかと座り込み、気が付けば大きな砂山を無心に作っていたなんて経験が誰しもあるのではないだろうか。
中には結構本格的な砂の作品作りに挑戦している人などもいたりする。
もしかしたら砂遊びというのは、もともと人間に備わっている本能なのかもしれない。

で、こちらは海ではないのだが、デリー中心地のコンノートプレイスからニューデリー駅に向かうチェルムスフォード通りで見た光景である。

インド、砂の芸術作品その通りは広い道路の両側に補助道路のようなものがつけられているのだが、そこに工事用に使うのであろう砂が置かれていた。

まあ初めはただの砂山だと思っていたので、特に気にも留めずに横を通り過ぎようとしていたのだが、近づくにつれ砂山になにやら手が加えられているのに気が付いた。

インド、砂の芸術作品人の顔である。
しかも首飾りのような装飾までされている。

残念ながら私が見たときにはもうあちこち壊れかかってしまっていたが、おそらく小さな子供ではないであろう作者(たち)が、せっせとこの顔を作っている姿を想像したら、なんとも可笑しく気持ちが和らぐのを感じた。
芸術作品が作者の思いを見る側へ伝えるものであるなら、この砂の顔は立派な芸術作品と言えるであろう。
おそらくこの作者は作りながらすごく楽しかったに違いない。もしかしたらクスクス笑いながら作っていたかもしれない。それをすごく感じるのであった。

と、騒がしい大都会デリーに在って、ひとときの心の安らぎを覚えていた私であったのだが、すっと私の横に歩み寄り「こういうの好きか?」と話しかけて来る男があった。
そう、そいつはいつでもどこでもほんのちょっとの「チャンス」があれば蠅のように群がって来る輩で、とにかくカモと話すきっかけを作り出し、やがて本題の「すぐそこに政府のお土産屋がある」という話に持っていくのだ。
まったくやつらは芸術鑑賞をするなどという、心の余裕などまったく持ち合わせていないのである。

私は先ほどまでの和やかな気持ちから、急激に通常のデリーモードに引き戻され、そいつに一瞥もくれずに「いや、嫌いだね」と言って足早にその場を離れたのだが、後から考えてみると、その男があの作品の作者だった可能性もないわけではないのである。

いや、ないわけでもないというか、実際そうなのかもしれないぞ・・・なにしろあの場所にいたんだからな。

そうか、あいつはただ単に自分の作品に対する批評を聞きたかっただけなのか。

それはすまないことをした、あんなに冷たい態度を取って。
本当は好きだぞ、ああいうの。

結局心に余裕のないのは、この私の方なのであった。

インドの南京錠

罪を憎んで人を憎まず:インドでのオートリキシャの相乗り

インド、特に地方ではオートリキシャの相乗りは珍しくない。

インド、オートリキシャの相乗りまたオートリキシャに乗っている時、急に警察官が乗り込んで来ることもたまにある。
これは別に警察官の職務として、ドライバーが遵法運転を心がけているかをチェックしているわけではなく、おそらく歩くのが面倒な時(たとえば出勤時や帰宅時など)の私的利用に近いものだと思う。
まあもしかしたらインドの警察官には、公営並びに民営輸送機関にタダで乗車できるという特権が与えられているのかもしれないが、そこのところはよくわからない。

とにかくインドでは、オートリキシャがいきなり止められ、警察官が乗り込んで来てもさほど驚かないのである。

しかし先日のデリーでのケースは少々様子が違っていた。

インド、護送される犯人なにしろその時は警察官一人ではなく、お連れの方がいらっしゃったのである。

お連れの方は警察官のエスコートの下、よりによって私の正面にお座りになられた。ちなみにこの時の乗り物は電動オートで、後部座席は向かい合わせの日本的常識で四人掛け、インド的常識では六人掛けというものだった。

インド、護送される犯人膝がしらが触れ合わんばかりの至近距離に、こうしたVIP待遇の方がおられるのが恐れ多いというか恐ろしいというかで、私は生きた心地がしなかった。
しかし罪を憎んで人を憎まず、この方が何をおやりになられたかは定かでないが、きっとやむにやまれぬ事情があったのだろう。もし食べ物の万引きなら、もう5日ほど何も食べていなかったのかもしれないし、もし傷害なら、相手が「お前の母ちゃんデベソ」などと母親を愚弄する言葉を投げかけた可能性も否定できない。物事は常に視点を変えるとまた違った見え方がするものなのである。

犯人護送のシーンといえば、映画「遥かなる山の呼び声」のラストシーンである。
あまり余計な事を書くと映画のネタバレになるので控えるが、とにかくそのシーンが泣かせるのである。
どんな人にもその人なりの人生があり、また人はやり直すことができるのだという希望を持たせる、そんなラストシーンであった。

インドでは母なる大河ガンガーの流れは、それまでに犯した罪を洗い流すと言われている。
このVIPなお方も法的に罪を償ったのちガンジス河で沐浴し、新たな人生を歩まれんことを願いつつ、警察署前で降りて行かれたおふたりの背中に合掌するとともに、ホッと胸をなでおろす私なのであった。

動物の鈴・アニマルベル

急がば回れと言うけれど:インドで線路を越える

アーマダバードのキャリコ博物館に行った帰り、市の中心部へ帰るバスの乗り場を尋ねたら、線路の向こう側だと言われた。

インドの地下道まあ線路はすぐ目の前なので、距離はたいしてないのだが、線路を渡るにはこの地下道を通らなければならないようだった。

しかし車がバンバン通っている薄暗い地下通路を、車に注意しながら歩いて行く気がしなかった。なにしろこちらが注意していても、車の方で注意を払ってくれなきゃイチコロなのである。

なので私は直接線路を横切ることにした。

インドの線路もっともこちらも結構危ないわけだが、列車は車ほど頻繁には来ないし、線路以外の所に突っ込んでくることもまずない(インドは脱線事故もわりと多いけど)ので、こちらの方が数段安全と踏んだのである。

ただ線路内に立ち入る際には、列車に轢かれないように注意する以外に、列車のトイレから落とされて行ったものたちにも、充分気を付ける必要があるのである。

安全だと踏んだのに、違うものも踏んじゃったよ!

真鍮製のアンティーク弁当箱