快適な空の旅・日本航空デリー便

昨年(2016年)秋の渡印の際は日本航空を利用した。

以前はエア・インディアをよく利用していたが、それはただ単に「安い」というだけの理由であり、別にエア・インディアのファンだったわけではない。本当は毎回日本航空(以下JALと記す)に乗りたいのである。

それが今ではJALでも安いチケットを出すようになったので、最安日を選んで早めに予約した。
料金は税やらなんやらすべて含めて8万4百円であった。しかもJALのサイトから座席の指定もできるので、私は中央(4人分が並んでるところね)の通路側を押さえておいた。

さて出発当日、成田空港のJALカウンターに行くと、職員の対応が何やらおかしい。穏やかな笑顔と丁寧な口調で申し分のない接客態度なのだが、私のチケットを見るや、こそこそとどこぞへ連絡をするのである。
こちらとしては特にやましいところは何もないのだが、今日の乗客の中でおそらく一番お金を払っていないシケた客だということが少々気がかりではある。何か無理難題を押し付けられるのかもしれない。

日本航空のデリー便

やはり日本人には日本の航空会社が肌に合うのだ。

やがて連絡を終えた職員は私に向き直り、「実は本日のフライトは団体のお客様で大変込み合っておりまして・・・」と言うのである。

ほ~ら来た、私はどうすりゃいいのだ。補助席か?それとも立ってつり革か?

しかし天下のJALはそんなことは言わなかった。

「できればプレミアム・エコノミーのお席にお移り頂けないでしょうか」と来たもんだ。

ただ悲しいかな、私はそういう席が世の中にあるということを知らなかった。なので一瞬何を言われているのか意味がわからなかったのである。

しかし天下のJALのきれいなおねえさんが、微笑みをたたえながら丁寧な口調でそう申すのである。おそらくそれは私に不利になることではあるまい。これがエア・インディアの不愛想な太ったおばちゃんに言われたら、即座に大声で「ノー!ノー!」と叫び、なんとしても自分の指定した席に座らせろと全力で主張したことであろう。

やはり私の感は当たっていた。プレミアム・エコノミーという席は、エコノミーよりグレードが上だった。
私は急に自分がお金持ちになったような気分になり、意気揚々と飛行機に乗り込んだ。乗り込むときも、フライトアテンダントの人にプレミアム・エコノミーの搭乗券を自慢げに提示した。

さすがにプレミアム・エコノミーである。シートは通常のものより幅があり、前の座席との間隔も広く、あまつさえフットレストなんてものまでついている。

日本航空のプレミアム・エコノミーの席

なんだか天下を取ったような気分である。

お飲み物のサービスではシャンパンをもらった。なにしろプレミアム・エコノミーだもんな。

日本航空デリー便、プレミアム・エコノミーのドリンクサービス

飛行機はまだ広島の上空だが、誠に快適な空の旅となりそうである。

機内食もいつもより上等のようである。

日本航空デリー便、プレミアム・エコノミーの機内食

私は機内食があまり好きではないので、内容の良し悪しはあまりよくわからない。でもトレイに余裕があるところがエコノミーと違うというのはわかる。

モニター画面も大きいので、いつもはロクに見ない機内上映の映画も見た。「君の名は」だったが、見て泣いてしまった。

デリー到着前の軽食も、なにやら上等そうなものが出た。

日本航空デリー便、プレミアム・エコノミーの機内食

プレミアム・エコノミーではこれ以外にもカップ麺のサービスなどもあるらしい。後から知ったので利用できなかったのが残念だった。

私はあまり飛行機が好きではなく、特に往きのデリー便は昼間飛んでいくので寝ることもできず、毎回その長い時間を苦痛に感じているのだが、今回初めて苦痛を味わうことなく快適に過ごせた。

ああ、世の中にはこんなすばらしい世界があったのだなあ。

この体験に味を占めた私は、次回からは少しお金を足してでもプレミアム・エコノミーにしようかなと思い、さっそくJALのサイトで料金を確認したら、あ~ら、ずいぶんお高いのねえ。やだわ、お金を少し足せば済むどころか、三回くらい往復できる金額じゃないのよぉ。

かくなる上は帰国便も団体客で込み合っていただき、「誠に申し訳ないのですが、プレミアム・エコノミーのお席に・・・」となることを願うしかない。

帰国時、デリー空港のチェックインは何事もなくスムーズに行われた。
そして私は、プレミアム・エコノミーより小さなモニターで「君の名は」をもう一度見た。

席は狭く、画面は小さかったが、涙がとめどなく流れるのは同じであった。

インドのマフラー

石もて追われるようなことは決してするでないぞ:インドの列車への狼藉

前回前々回に続いてシャタブディ・エクスプレスの話である。

今までインドの列車には何度も乗ったが、今回初めて気づいたことがあった。

それがこれ、窓ガラスのヒビである。
インド・列車への投石まあ常日頃から物の取り扱いが荒っぽく(特に自分の物ではない場合など)、またメンテナンスの行き届かないインドでは、列車の窓ガラスにヒビが入っていて、それがしばらく放置されていても特に不思議ではない。

なので今までこういう光景を見てもあまり気にならなかっただけなのかもしれない。

インド・列車への投石しかし同じ列車の同じ車両で、いくつもの窓ガラスにヒビが入っているのを見たら、さすがにこれは異常と思わざるを得ない。いくらインドといってもである。

ほら、こちらは並んで二つ、まるで銃撃を受けた防弾ガラスのようになっている。

これはおそらく、いやまず間違いなく投石によるものであろう。

列車への投石に関しては、その昔チェンナイ滞在中にちょっとした暴動騒ぎがあり、その際暴徒らによる駅のチケットカウンターの焼き討ちと並んで、列車への投石があったというニュースを見た。
そして最近も、列車への投石が問題となっているというニュースを聞きかじってはいたが、こうして実際に窓ガラスのおびただしい数の損傷個所を目にすると、なるほど投石はなにも暴動の時だけでなく、もはや日常茶飯事と化しているのだなあと実感したのである。

窓ガラスが壊れるのも困るが、窓を開けっぱなしにしているところを狙われたらそれこそ大変である。なにしろインドの列車は今でも冷房がなく、窓を開け放している車両が大半なのであるから、石が体に当たれば大けがあるいは死に至ることだってありとても危険である。

でもたぶんその可能性は低いのだろうと思う。そもそも暴徒の行動でもわかるように、こうした投石の要因は日ごろの不満の表れであり、その矛先は上級列車(上級車両)に向かうであろうと思われるからである。

インド・列車への投石そこで狙われるのが、シャタブディやラージダニのような上級車両だけで編成されている列車であろう。

しかもご丁寧なことにシャタブディは水色、ラージダニは赤と、他の列車との違いを車両の塗装で表しているのだから、狙う方からすればこんな好都合なことはないのである。

と、今回のインドの旅では初めての乗車列車となったシャタブディ・エクスプレスでそんなことを思ったのであるが、期せずして最後の乗車列車となったのもまたシャタブディ・エクスプレスであった。

20時30分、ラクナウからニューデリーに向かっていたその列車は、30分ほど遅れてアリガル・ジャンクション駅に到着する直前であったが、突然バシッ!というするどい音が車内に響いた。

インド・列車への投石私は驚いて斜め前方の窓(ひとつ前の席の窓)を眺めると、あらら、なんとまあ窓ガラスにヒビが入っているじゃないの。しかもその真ん中には穴まであいているじゃないのよ。
それにしてもまさか自分の乗ってるすぐそばに投石されるとは思ってもみなかった。

まあ窓は二重ガラスになっているので、外側のガラスが割れただけで車内には特に影響はなかったが、その席は若夫婦と小さい子供が座っており、もし万が一石やガラスの破片が車内に飛び散ったらと思うと実に怖かった。

証拠もなくこうした仕業を貧困層の人たちによるものだと決めつけるのはよくないが、大きな駅の近くの線路際がスラム化していることも事実である。

で、これはあくまでひとつの仮説として言うのだが、もしそうした貧困層の子供が列車に向かって投石しているのであるなら、ぜひそのピッチング技術をクリケットの練習につぎ込み、プロ・クリケット選手になることを目指して欲しいと切に願う次第である。

あの天上に輝く明星がプロリーグの星だ!

あの星まで駆け上がれ!

真鍮製のアンティーク弁当箱

人の想いは言葉の壁をも越えるのか:インドの物売り

「マッチ売りの少女」はとても悲しいお話である。

暮れも押し迫った凍てつく街頭でひたすらマッチを売り続ける少女。しかし足早に通り過ぎる人々は誰もマッチを買ってくれない・・・

私は小さい頃この本を母親に読んでもらいながら「誰かマッチを買ってやればいいのに」と憤ったものである。

でもそれは、この話がマッチ売りの少女目線で書かれているためである。

じゃあ実際に年末のあわただしいさなかに街角でマッチを買うかといえば、たぶん私は買わないと思う。

インド:交差点での物売りインドには小商人(こあきんど)がたくさんいる。彼らは身一つで元締めから託された商品をひたすら売り歩く。

彼らは街中にもいるし、大通りの交差点にもいる。そう赤信号で止まった車相手に商売をするのである。

売り歩く商品は様々である。
たとえばタオルを山ほど抱えて売りに来る少年がいる。
少年は信号待ちの車の間を移動しながら、一台一台タオルを広げて見せる。
まあタオルなら生活必需品なので売れるのではなかろうか。私は買わないけど。

新聞や雑誌を売りに来るじいさんがいる。
これも必要な人は買うであろう。もっとも私は読めないので買わないが。

インド:交差点での物売りそうかと思えば一抱えもある大きな風船を売りに来る青年がいる。
こんなもの誰が買うのかと思えば、これが意外と売れている。
これは使用時の商品の大きさに対して受け取る商品(ふくらます前の風船ね)が小さいので、売る方も買う方も楽であろう。ただし買った風船が見本のもののように大きくふくらむかはわからないが・・・

私が乗っていた車にも少年の売り子が来た。
少年が扱っている商品はボールペンである。
少年は買ってくれと言う。
私はいらないと答える。
そんな押し問答が何度か続く。
そうこうするうち前方の信号が青になった。
と、少年は少し開いた窓の上からボールペンを差し入れて来た。
私はあわててそれを押し戻す。
車がゆっくり動き出し、少年もようやくあきらめボールペンを引っ込め車から離れて行く。
あー、よかった・・・
しかし少年は車から離れる際、なにやらするどく言葉を言い放った。
いわゆる捨てゼリフというやつで、その雰囲気からしてちょっとした呪いの言葉のようにも聞こえたが、私はインドの言葉がわからないのでこんな時は大いに助かる。なにしろ呪いの言葉なんてものは、意味が分かって初めて心理的効果を表すものなのだ。

ところが、車が走り出してしばらくすると私の体に異変が起こった。
なんだか急に下っ腹が痛んで来たのである。
目的地に着いてからも腹の痛みは増すばかりで、昼時でもあったのでレストランに入り、すかさずトイレに駆け込んだ。

ひどい下痢をしていた。朝まではなんともなかったのに・・・

う~ん・・・もしかしたらこれはあの少年の呪いなのであろうか。
そしておそらく少年は私にこう言ったのであろう。

くそったれ!

と・・・

まったく人の想いというのは時として恐ろしい力をもつものなのだなあ。

ちなみに少年の呪いは二日間有効であった。

くそ・・・

インドの伝統工芸細密画

罪のない遊び心は心を和ませてくれるのだ:インドの路上に見た砂の芸術

海の日に合わせるかのように各地で梅雨明けし、ついに本格的な夏がやって参りました。

ということで、みなさん

暑中お見舞い申し上げます

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さて、砂浜の海水浴場などに行くと、最初の頃は波と戯れたり泳いだりするものの、そのうち疲れて砂浜にどっかと座り込み、気が付けば大きな砂山を無心に作っていたなんて経験が誰しもあるのではないだろうか。
中には結構本格的な砂の作品作りに挑戦している人などもいたりする。
もしかしたら砂遊びというのは、もともと人間に備わっている本能なのかもしれない。

で、こちらは海ではないのだが、デリー中心地のコンノートプレイスからニューデリー駅に向かうチェルムスフォード通りで見た光景である。

インド、砂の芸術作品その通りは広い道路の両側に補助道路のようなものがつけられているのだが、そこに工事用に使うのであろう砂が置かれていた。

まあ初めはただの砂山だと思っていたので、特に気にも留めずに横を通り過ぎようとしていたのだが、近づくにつれ砂山になにやら手が加えられているのに気が付いた。

インド、砂の芸術作品人の顔である。
しかも首飾りのような装飾までされている。

残念ながら私が見たときにはもうあちこち壊れかかってしまっていたが、おそらく小さな子供ではないであろう作者(たち)が、せっせとこの顔を作っている姿を想像したら、なんとも可笑しく気持ちが和らぐのを感じた。
芸術作品が作者の思いを見る側へ伝えるものであるなら、この砂の顔は立派な芸術作品と言えるであろう。
おそらくこの作者は作りながらすごく楽しかったに違いない。もしかしたらクスクス笑いながら作っていたかもしれない。それをすごく感じるのであった。

と、騒がしい大都会デリーに在って、ひとときの心の安らぎを覚えていた私であったのだが、すっと私の横に歩み寄り「こういうの好きか?」と話しかけて来る男があった。
そう、そいつはいつでもどこでもほんのちょっとの「チャンス」があれば蠅のように群がって来る輩で、とにかくカモと話すきっかけを作り出し、やがて本題の「すぐそこに政府のお土産屋がある」という話に持っていくのだ。
まったくやつらは芸術鑑賞をするなどという、心の余裕などまったく持ち合わせていないのである。

私は先ほどまでの和やかな気持ちから、急激に通常のデリーモードに引き戻され、そいつに一瞥もくれずに「いや、嫌いだね」と言って足早にその場を離れたのだが、後から考えてみると、その男があの作品の作者だった可能性もないわけではないのである。

いや、ないわけでもないというか、実際そうなのかもしれないぞ・・・なにしろあの場所にいたんだからな。

そうか、あいつはただ単に自分の作品に対する批評を聞きたかっただけなのか。

それはすまないことをした、あんなに冷たい態度を取って。
本当は好きだぞ、ああいうの。

結局心に余裕のないのは、この私の方なのであった。

インドのショール

罪を憎んで人を憎まず:インドでのオートリキシャの相乗り

インド、特に地方ではオートリキシャの相乗りは珍しくない。

インド、オートリキシャの相乗りまたオートリキシャに乗っている時、急に警察官が乗り込んで来ることもたまにある。
これは別に警察官の職務として、ドライバーが遵法運転を心がけているかをチェックしているわけではなく、おそらく歩くのが面倒な時(たとえば出勤時や帰宅時など)の私的利用に近いものだと思う。
まあもしかしたらインドの警察官には、公営並びに民営輸送機関にタダで乗車できるという特権が与えられているのかもしれないが、そこのところはよくわからない。

とにかくインドでは、オートリキシャがいきなり止められ、警察官が乗り込んで来てもさほど驚かないのである。

しかし先日のデリーでのケースは少々様子が違っていた。

インド、護送される犯人なにしろその時は警察官一人ではなく、お連れの方がいらっしゃったのである。

お連れの方は警察官のエスコートの下、よりによって私の正面にお座りになられた。ちなみにこの時の乗り物は電動オートで、後部座席は向かい合わせの日本的常識で四人掛け、インド的常識では六人掛けというものだった。

インド、護送される犯人膝がしらが触れ合わんばかりの至近距離に、こうしたVIP待遇の方がおられるのが恐れ多いというか恐ろしいというかで、私は生きた心地がしなかった。
しかし罪を憎んで人を憎まず、この方が何をおやりになられたかは定かでないが、きっとやむにやまれぬ事情があったのだろう。もし食べ物の万引きなら、もう5日ほど何も食べていなかったのかもしれないし、もし傷害なら、相手が「お前の母ちゃんデベソ」などと母親を愚弄する言葉を投げかけた可能性も否定できない。物事は常に視点を変えるとまた違った見え方がするものなのである。

犯人護送のシーンといえば、映画「遥かなる山の呼び声」のラストシーンである。
あまり余計な事を書くと映画のネタバレになるので控えるが、とにかくそのシーンが泣かせるのである。
どんな人にもその人なりの人生があり、また人はやり直すことができるのだという希望を持たせる、そんなラストシーンであった。

インドでは母なる大河ガンガーの流れは、それまでに犯した罪を洗い流すと言われている。
このVIPなお方も法的に罪を償ったのちガンジス河で沐浴し、新たな人生を歩まれんことを願いつつ、警察署前で降りて行かれたおふたりの背中に合掌するとともに、ホッと胸をなでおろす私なのであった。

急がば回れと言うけれど:インドで線路を越える

アーマダバードのキャリコ博物館に行った帰り、市の中心部へ帰るバスの乗り場を尋ねたら、線路の向こう側だと言われた。

インドの地下道まあ線路はすぐ目の前なので、距離はたいしてないのだが、線路を渡るにはこの地下道を通らなければならないようだった。

しかし車がバンバン通っている薄暗い地下通路を、車に注意しながら歩いて行く気がしなかった。なにしろこちらが注意していても、車の方で注意を払ってくれなきゃイチコロなのである。

なので私は直接線路を横切ることにした。

インドの線路もっともこちらも結構危ないわけだが、列車は車ほど頻繁には来ないし、線路以外の所に突っ込んでくることもまずない(インドは脱線事故もわりと多いけど)ので、こちらの方が数段安全と踏んだのである。

ただ線路内に立ち入る際には、列車に轢かれないように注意する以外に、列車のトイレから落とされて行ったものたちにも、充分気を付ける必要があるのである。

安全だと踏んだのに、違うものも踏んじゃったよ!

インドの南京錠

少年にバススタンドへの道と人としての道を教わる:インドの正しい少年

この写真に写っているのは、チャッティースガル州の州都ライプールで出会った少年である。
こう見るとちょっと少年とは思えないかもしれないが、実際に会話を交わしてみると、まだ中学生くらいの感じであった。

インドの正しい少年そんな少年に私はライプールで大変お世話になったのである。

そう、あれはホテルをチェックアウトし、バスの時間まで街をぶらぶら見て歩いていた時のことであった。

ライプールは特にこれといって見るところのない街なので、私はとりあえず鉄道駅へ行きその周辺で時間をつぶし、頃合いを見計らってバススタンドに向かうことにした。本来なら駅から列車で移動するつもりだったのだが、どうしても切符が取れなかったのである。

実はバススタンドは宿泊していたホテルのすぐ横なので、駅からは同じ道を素直に戻ればなんの問題もなかったのだが、それじゃあ面白くないということで、私は持ち前の鋭い方向感覚を頼りに、駅からの帰り道にぜんぜん違う道を選んだ。なんて男らしい生き方だろう。

ライプールの商店街ところが初めのうちは商店など覗きながら余裕で歩いていたのだが、なかなかバススタンドにたどり着かない。ライプールは観光客などまず来ない街なので、天下のロンリープラネットもライプールの記述には半ページほどしか割いていないし、地図など載っていないので頼りにならない。
まあそんな時は人に聞いてしまえばいいのだが、その時はまだ自分の方向感覚を信じていたので、その機会を逸してしまったのが後から思えばまずかった。

しかしインドにはリキシャというものがある。どんな街に行っても流しのオートリキシャやサイクルリキシャが必ずいるので、道に迷ったらそれに乗れば即解決なのだ。

商店街を抜け広い道路をしばらく歩いたところで、私はついに最後の手段であるリキシャを遣うことにした。
しかしこれがぜんぜんいないのである。繁華街を抜け切ってしまっていたので、歩いている人すらおらず、流しのリキシャもこの辺りにはいないようだ。たまにオートリキシャが走って来ても、乗客を満載した乗合のリキシャであって停まってくれない。もっとも停まってくれても乗る余地がないのだが。

予約したバスの時刻までもうあと15分と迫っていたので、私はかなり焦っていた。

とその時、道のちょっと先からこちらを窺う視線を感じた。そう、あの写真の少年である。

少年は外国人などほとんどいない街の、さらに住人すらほとんど歩いていない道に佇む私を見かけ、自転車を停めてその動向を窺っていたようだった。
その時の私はもう藁をもつかむ気持ちでしたね。とっさに「この少年を逃したらおしまいだ!」とまで思いましたね。でもって「その自転車の荷台に載せてくれえ!」と心の中で叫びましたよ、ええ。

とにかく私は素早く少年に歩み寄り、「バ、バ、バススタンドはどっち?」と尋ねたた。
すると少年は私の切羽詰まった表情から事態を飲み込んだようで、「こっちだ」と言うとすぐ横の路地に入って行き、路地裏の木陰で昼寝をしていたサイクルリキシャのおっさんを起こして、「さあ、これに乗れ」と言ったのであった。ああ、助かった。

少年に礼を言いリキシャに飛び乗ると、少年は今度は自転車でリキシャを先導して走り出した。おそらく地元の人しか知らない一番近い裏道を案内しようとしているのだろう。それは実にありがたい!

少年の案内する道は本当に裏道だった。
とにかく狭いのである。そして狭い道の両側に小さな家がびっしり建っているのである。
そりゃあ少年は自転車だからいいが、幅のあるサイクルリキシャは大変だ。
しかしサイクルリキシャも少年の自転車を追い、民家の軒先をかすめ、どぶ板をがたがた踏み鳴らしながら疾走する。
本当はたいしたスピードなど出ていないのかもしれないが、私には天馬の翔けるがごときスピードに思えたのであった。

お蔭でバススタンドにはバスの出発時刻の5分前に着くことができた。

インドの命の恩人サイクルリキシャを降り、命の恩人である少年に心の底から礼を言い、さらにほんのちょっぴりではあったが「コーラでも飲んでくれ」と小銭を渡そうとすると、少年はきっぱりとそれを断りこう言った。

「困ってる人を助けるのは当然のことです」

おお!もしやあんたはガンディーの生まれ変わりじゃなかろうか。
ああ、ありがたやありがたや・・・

とまあこんな風に、この少年にはバススタンドまでの道ばかりではなく、人としての道というものも教えて頂いたのであった。

この少年に輝かしい未来が訪れんことを、切に祈る次第である。

木彫りのガネーシャ

あふれんばかりのサービス精神:インドのチャイ

前回に続いてチャイの話である。

前回は「ちょっと小奇麗な食堂ではカップ&ソーサーでチャイを供する」と書いたが、ここはそれほど小奇麗ではない半露店の店なのだが、こうして皿付のカップでチャイを出してくれる。場所はアーマダバードの繁華街、ティーンダルワーザにほど近い場所であった。

インドのチャイで、こうした店が皿付のカップを使用する場合、往々にして皿にあふれるようにしてチャイを注ぐ。それはおそらくサービスなのだと思うが、受け取った客は皿にあふれたチャイから先にすすったりしている。日本でも大衆酒場のコップ酒で似たような注ぎ方をするが、あれと同じことなのだろう。

またインド人は猫舌が多いのか、わざわざカップのチャイを皿に移し、冷ましながら飲んでいる人もいる。

そんな皿にあふれたチャイに関して、私はちょっと複雑な思いをしたことがある。

私がチャイ屋の店先に腰を下ろし、店のおやじから皿までチャイに満たされたカップを受け取ったその時、ひとりの少女が私に近づいて来た。
少女は一目で物乞い(もしくは限りなくそれに近い人)とわかる風体をしていた。つまり髪はばさばさで皮膚は黒く汚れ、着た切りらしき服もかなりくたびれているといったものだ。
正直私はちょっと困ったなと思った。これが道を歩いているときなら、無視するなりポケットの小銭をを手渡して足早に立ち去るということもできるが、私はたった今チャイを受け取り、これからそれをゆっくり飲むところだったからである。
それに半露店とはいえここはチャイ屋である。周りには何人ものインド人が私と同じようにベンチに腰掛け、チャイを楽しんでいるのである。こんなところでもしその少女に「不適切なあしらい方」をしてしまったら、その少女が退散しても周りのインド人たちの視線を気にして、私はここで長くくつろぐことはできないであろう。

さらに困ったことにその少女は知能に障害があるらしく、しっかりと話すことができないのだ。もっとも少女がしっかり話したところで、現地語では私の方がわからないので同じことなのだが・・・

とにかく聞き取れない言葉をもごもご言いながら私の前に立ち続ける少女に、いったい私は何をしたらいいのだろうと困っていると、少女が弱弱しく片手を動かし、私の持つカップ指差した。

なるほど、この少女はお金ではなく、チャイが飲みたいのだ。

しかしそれがわかってもその先がわからない。このチャイのカップをそのまま渡すか?それとも店のおやじに「この少女にも一杯やってくんな!」とでもいうか? どちらにしてもチャイの料金などたいしたことはないから、そうするのは簡単である。
でも周りのインド人ならそんなことをするだろうか・・・

そこで思い付いたのが、チャイが満たされた皿だけ渡すことだった。
これなら私も少女もチャイが飲める。

私がカップの下から皿をそっと外し少女に差し出すと、少女は素直にそれを受取り、おいしそうに飲み始めた。

はたしてこれが正解だったかどうかはわからない。でも私はこれでよかったと思った。少なくとも周りのインド人たちの視線は気にならなかった。だからたぶんよかったのだと思う。

さて、この一件で私が複雑な思いをしたというのは、別に少女が皿にこぼれたチャイを飲んで私がカップのものを飲んだからというようなものではない。
その自分なりの「正解」にたどり着くまでに、もっと簡単な方法、つまりお金を渡して追い払ってしまおうかと一瞬でも思ったことである。

インドに行くと日本人は金持ちの部類に入る。少なくとも小金持ちである。
でまあ、ついついお金(といっても日本円にしたら十円単位のものだが)で済まそうとするケースが出て来てしまうのだ。
しかしそれが相手に対してとても失礼にあたることも多々ある。私もそんな経験をして、心から恥じ入ったことが何べんあったことだろう。

今回のチャイのケースではなんとか恥じ入らずに済んだようだが、それは紙一重のものであって常にベストな選択ができるわけではない。つい「お金で」と思ってしまうところがあるのだ。そこが我ながら情けなく思うところである。

そんな恥ずかしい経験談は、また追々ご披露させて頂こうと思う。
冗談でなく、本当に恥ずかしく思う事ばかりなのだが・・・

*4/28から5/6まで、このブログもゴールデン・ウィークに入ります。
  それでは、連休明けにまた来ておくんなせい! お願いね~

インドのショール

何の違和感もございません:インドで見る日本のアニメ

インドでも日本のアニメはいろいろ放送されているが、そんな中にとても懐かしいアニメ(当時はマンガと呼んでいたが)があった。

ハクション大魔王である。

インドで見るハクション大魔王これは私がまだ小学生の頃にやっていたもので、もちろんよく見ていた。いまだに主題歌だって歌える。

♪うっそがきらいで、涙にもろい~

というものだが、当時の私の耳には

♪クッソがきらいで、涙にボロい~

と聞こえていた。

まあそんなことはどうでもいいのだが、今こうしてみると大魔王とその娘のアクビちゃんはアラビア風の服装なので、インドで見てもまったく違和感を覚えない。
しかもこの回のお話では、カンちゃん(大魔王の「ご主人様」である左の少年)までターバンをかぶっており、ますますインド仕立てのアニメとなっている。

おそらくインドの子どもたちはこれが日本のアニメだということを知らずに、いや、子どもにとってはそれがどこで作られたアニメであるかなどはどうでもいい話で、単純にストーリーに引き込まれているわけで、背景に映る家並みが昭和の日本の一般的なものであろうとそのまま素直に受け入れてしまうのであろう。

子どもとは実に順応性に富むものなのであり、だから私も何の疑いもなく「♪クッソがきらいで~」と歌っていたのである。

シンプルデザインの真鍮製シンギングボウル

これはちょっと日本では無理なのだ:インドに見る駐車術

近年インドでは乗用車の登録台数がすごい勢いで増えている。
それでなくてもデリーの主要な商業地域ではかなり前から駐車場難の状態であったのに、そこに来て雨後のタケノコのごとくどんどん車が増えたんじゃあ、限られた駐車スペースを可能な限り有効に使うしかないのである。

デリーのとある駐車場これはデリー市内のとある駐車場で見た光景である。
ちょっとわかりづらいかもしれないが、左は車の後部で右はコンクリートの柱である。
しかしこれは決してバックを失敗して柱にぶつけてしまったわけではない。これは駐車場係の神業的詰め込み術で、柱ギリギリに駐車しているのだ。肉眼で確認したところ確かに1cmほどの隙間があった。

一見大ざっぱと思われがちなインド人だが、こんな細かい作業もできるのである。

しかしこの間隔にまで車を寄せるには微妙な力加減が必要なわけで、ここではそれを人が押すことで可能にしているのだ。 ちょっと日本では真似できない仕組みなのである。

真鍮製のアンティーク弁当箱