2016年グジャラート再訪・第33回 / ドワルカのホテル

ドワルカも二度目と言うことで、勝手知ったる場所と舐めて歩き出したら道に迷い、だいぶ遠回りをしてようやくガートの辺りに出た。

できれば宿はこの辺りに取りたいと、まずは川辺の公園に面したホテルに入ってみた。

インド、ドワルカのホテル

この右側は川辺が整備されちょっとした公園になっている。

しかしこのホテルは満室であえなく断られてしまった。

そこでひとつ裏手となるホテル「GOMTI」に行ってみることにする。
実はここは前回泊まったホテルなのだが、とにかく手当たり次第に当たってみるのだ。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

別にホテルのコレクションをしているわけではないので、同じホテルでも特に問題はないのだ。

するとデラックスルームが一部屋だけ空いているという。
料金は1,800ルピー(約2,900円)とやや高めだが、ディウでの苦戦を思えば「空いててラッキー!」と思うべきであろう。

部屋は二階の103号室。
さすが「デラックスルーム」である。なかなか広い。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

一人で使うにはもったいない広さである。

エアコンと薄型テレビがある。
また最近リノベーションしたらしく、全体的にきれいである。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

何か操作を間違えたのか、テレビは途中で見られなくなってしまった。

なお、部屋は河口に面した南向きで大きな窓もあるのだが、目の前に別の建物(たぶんホテル)が立ちふさがっているため景色はぜんぜん見えない。

トイレと兼用のシャワールームにはバスタブはない。
ここももちろん改装されたのだろうが、床のタイルの目地は早くも黄ばんでいる。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

水回りはよほどしっかり掃除をしないとすぐ劣化する。

Wi-Fiは一階のフロント周辺でしか使えないが無料である。

前回も特に問題が無かったから今回も泊まるのだが、従業員は親切でなかなか居心地の良いホテルである。
なので特筆すべきトラブルもなく、残念ながら面白いエピソードはひとつもないのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

前のページへ行く目次へ行く次のページへ行く

真鍮製のアンティーク弁当箱

水分補給はわすれずに・インドの飲料水

日本でも「熱中症対策には適度な水分補給を」なんてことが盛んに言われるが(ちょっと季節外れな話題だけど)、暑くて乾燥しているインドではなおさらである。

でも日本とは違い、やたらな水は飲めない。
たとえ「Drinking water(飲料水)」なんてわざわざ書いてある水道でも、ましてや道端に置いてある施しの水などは、旅行者は避けた方が無難であろう。

インドの道端の水瓶

道行く人にふるまわれる水瓶の水はちょっと魅力的ではある。

ではどうしたらいいかと言えば、それはやはりお金を出して安全な水を買うことである。

で、そういう水をつい「ミネラルウォーター」と言ってしまうのだが、あくまでもミネラルウォーターは地下水を基にしたものということで、日本でもそうでないものは「ボトルドウォーター」と呼ばれている(らしい・・・実際にそう呼ばれているのを聞いたことないけど)。
でもって、インドではそういうのを「パッケージド・ドリンキング・ウォーター(Packeged Drinking Water)」として売られている。

インドのペットボトル入り飲料水

今やインドでもいろいろな種類の水が売られるようになった。

一昔前はこういうペットボトル入りの飲料水を買う時には、必ず栓の封印が切られていないか(つまり詰め替え品でないか)を確かめたをものであるが、今ではいろいろな種類のものがごく普通に売られるようになったので、よほど怪しいところで買わない限りまず大丈夫かと思う。

それでも心配な人には、詰め替えがまずできないビニールパックの水をお勧めする。

インドのビニール袋入り飲料水

袋詰めの飲料水は手軽で庶民の味方なのだ。

このビニールパックの水は飲み切りサイズで値段も安く(10ルピー、約16円ほど)、売る方もバッグに無造作に放り込んで売り歩けるので便利なのだ。

飲むときには袋の一部を歯で噛み切って穴を開ける。
私などはそのまま袋にしゃぶりついて飲むが、インド人の多くは大きく開けた口めがけて放水する。
ただし歯で開けた穴なので水が真っ直ぐに、また一本の放物線で放出されるとは限らないので、飲み始めは口の周りや服の胸元までも濡らすことがあるので要注意なのである。

動物の鈴・アニマルベル

旅の持ち物シリーズ・その29:タブレット端末、スマートフォン

時代の移り変わりによって、また技術や社会システムの進歩によって旅の持ち物は変わると思うが、小型の情報端末の登場は単に変化というより革命をもたらしたと言っても過言ではない。

タブレット端末

小型情報端末は旅のスタイルを大きく変える。

今までこのコーナーで28種類の「旅の持ち物」を紹介して来たが、そのうちの10種類もの「旅の持ち物」がこの情報端末でまかなえてしまえるようになった。

以下にその10種類を並べてみる。

◎ガイドブック
◎電子辞書
◎電卓
◎寒暖計
◎腕時計(標高計付)
◎方位磁石
◎音楽プレーヤー
◎カメラ
◎メモ帳
◎懐中電灯

最後の「懐中電灯」は実用にはちょっと無理があるかもしれないが、できないことはないだろう。
とにかく情報端末はこれだけのものをカバーできるほどの機能を持っている。さらに海外でも使えるスマホであれば、電話の機能はもちろんのこと、いつでもどこからでも各種チケットやホテルの予約ができてしまう。
また外国語の翻訳機能は会話だけでなく、カメラで撮影することで看板の文字まで翻訳してくれる。もう語学の勉強なんか必要ない。

しかしそれも情報端末がちゃんと機能していればのことである。
あまり機械を頼りにし過ぎると、ひとたび電池切れや故障などで動かなくなると一大事である。実際私のジャスト6,000円也!のタブレットは旅の半ばで突然沈黙した。

また何でも手のひらの上の画面で解決できてしまうと、その分周りの人との接点が少なくなるということもある。
たとえば見知らぬ異国の街で方角をすっかり見失ってしまったとき、宿の空き部屋を求めて手当たり次第に歩き回っているとき、次の街への移動手段がわからず右往左往しているときなど、普段の生活ではあまり味わうことのない無力感と不安感とで、恥も外聞もなく周りの人に助けを求めることになる。そしてそれがまた妙に気持ちが良かったりするのである。おそらく大人になるにつれ忘れてしまった「素直な気持ち」に立ち返ることができるからなのだろうと思う。

別に便利な道具を否定する気持ちはない。なにしろ私は子供の頃から算盤もできなければ字も下手だったため(今もだけどね)、電卓やワープロの出現には大喜びした口である。
でもせっかく旅に出て日常とは違う環境に身を置くのなら、少しは不便や不安な思いをして、人のありがたみを感じるのもいいんじゃないかとも思うのである。

真鍮製のアンティーク弁当箱

2016年グジャラート再訪・第32回 / ジュナーガルからドワルカへ

まだ暗い中ホテルを出る。

インド、ジュナーガルのホテルハーモニー

煌々と輝く看板が返って淋しげである。

バススタンドはホテルのすぐ前なので、暗い中でもそれほど不安もなく行き着けるのがありがたい。
まるで夜中のような暗さだが、これで時刻は6時30分である。11月ということもあるが、インドの一番西に位置するグジャラートはインド標準時に対して夜明けが遅い。

インド、ジュナーガルのバススタンド

まだ辺りは暗いが、バススタンドにはもうたくさんの人がいる。

昨日このバススタンドでバスの時刻は調べておいた。
次の目的地は海沿いのドワルカという街であるが、7時発のドワルカ行のバスはすでに停まっていた。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

バスはすでに乗客を待っていた。

まだ乗客は少ない。
ちょっと迷ったが、前から4番目の席に座る。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

いろいろ考えた末に座る席を決めた。

問題はバス賃を500ルピー札で払えるかどうかである。
なんでも政府か国営企業運営のバスでは高額紙幣も使えるということではあるが、これはグジャラート州営のバスなので微妙なところなのだ。
それにインドでは店でもどこでも釣り銭の用意などしていないことが普通なので、いきなり500ルピー札を出されても困るだろうと考え、前から4番目の席にしたのである。それなら他の乗客の出した小額紙幣が少しは溜まっているだろうと考えたのである。

結果から言えば、500ルピー札はなんの問題もなく使えた。ちなみにドワルカまでのバス賃は149ルピー(約240円)であった。
お釣りに関してはやはりなく、他の乗客からお金を集めるまで待たされたが、ちゃんともらえた。ただし端数(?)の1ルピーははぶかれた。

とにかく500ルピー札は使えたし、売店で買ったポップコーン(10ルピー、約16円)と水、それに昨日買っておいたバナナ(黒いビニール袋)もあるので天下無敵の気分である。

インド、バス旅の食料

とりあえずこれだけあれば安心なのだ。

なお、今回のバスルートは以下の通りとなる。

定刻の7:00、バスは出発した。

インド、グジャラート州ジュナーガルのバススタンド

ようやく空も明るくなった。

7:25、バンタリ(VANTHALI)バススタンド到着。

インド、グジャラート州バンタリのバススタンド

VANTHALIバススタンド

バスはきれいな幹線道路を行く。やはりグジャラートのインフラ整備はかなり進んでいると実感する。
ちなみに白いタオルを頭に巻いてる男が車掌である。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

バスは快調に走る。

7:49、マナバダール(MANAVADAR)バススタンド到着。

インド、グジャラート州マナバダールのバススタンド

MANAVADARバススタンド

8:02、バントヴァ(VANTVA)バススタンド到着。

インド、グジャラート州バントヴァのバススタンド

BANTVAバススタンド

8:37、クティヤナ(KUTIYANA)バススタンド到着。

インド、グジャラート州クティヤナのバススタンド

KUTIYANAバススタンド

9:09、ラナヴァブ(RANAVAV)バススタンド到着。

インド、グジャラート州ラナヴァブのバススタンド

RANAVAVバススタンド

料金所を通過し、高速道路のような道に入る。
これはラージコートとポルバンダールを結ぶ幹線道路である。

インド、グジャラートの有料道路

州営バスでも料金は払うようだ。

9:40、ポルバンダール(PORBABDAR)バススタンド到着。
このバススタンドは改修工事の着工が早かったのか、すでに新しいターミナルが運用を開始していた。

インド、グジャラート州ポルバンダールのバススタンド

PORBANDARバススタンド

バスは依然として空いており、席を取られる心配もないので下りてみることにした。
新しいバスターミナルの新しいトイレに入る。トイレの入り口にはちゃんとトイレ番の男がおり、料金を聞くとおしっこは5ルピー(約8円)とのことであった。残念ながらう〇こがいくらなのかは聞き忘れたが、まあ10ルピーくらいであろう。
それにしても自己申告で5ルピー払ってう〇こをしたらどうなるのだろうか。トイレ番の男はちゃんと大小を嗅ぎ分け、後から差額を請求するのだろうか。

インド、グジャラート州ポルバンダールのバススタンド

このバススタンドは他のバススタンドより一足早く完成していた。

5分ほどの休憩でバスは再び走り出す。
ポルバンダールはかのマハトマ・ガンディー生誕の地である。
確かこの商店街を真っ直ぐ抜け、少し右に入ったところに生家があるはずなのだ。

インド、グジャラート州ポルバンダールの街

ここがポルバンダールの目抜き通りなのだ。

ポルバンダールの街を抜けるとすぐに水辺に出た。
遠くにたくさんのフラミンゴが見える。インドにフラミンゴがいると言うと驚く人もいるが、本当にいるのである。

インド、グジャラート州ポルバンダール郊外

ちょっと街を離れただけでこの風景である。

前回来た時には超満員のバスで田舎道を立ったまま揺られて行ったが、今回はがらがらに空いたバスが海沿いの道(と言っても海は見えない)を快調に飛ばして行く。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

海に近いからか河幅が広い。

途中バスは道を外れてなにやら観光地らしき場所に立ち寄った。
自家用車なども何台か停まり人もそこそこいるが、いったいここは何だろう。

インド、グジャラート州のとある観光地

わざわざバスが入って来るほどの観光スポットらしい。

バスはそこで折り返し、元来た道に戻る。
戻り際に近くの山を振り仰ぐと、山頂に寺院らしきものが見えた。
しかしそれがなんだかわからない。

インド、グジャラート州のとある観光地

振り返ると山の上に寺院らしきものがあった。

10:55、終点のドワルカまではもうそれほど距離もないはずなのだが、バスは休憩を取った。
外に出るとあらためて陽射しの強さを実感する。まさしく肌で感じるということである。

インド、グジャラート州ドワルカ近くの茶店

あと少しで到着するというのに、なぜここで休憩なのだろうか。

木陰で休んでいたおっさんが、ここに座れと言うので隣に座って休むことにした。もっともバスの中でもずっと座っていたのであるが。
おっさんは私に「チャイを飲むか」と聞いてくれた。ありがたい申し出だったが、いったいこの休憩がどのくらいのものなのかがわからないので、残念ながらお断りしてしまった。

インド、グジャラート州ドワルカ近くの茶店

おっさんは「チャイを飲むか」と言ってくれた。

結局休憩は5分程度であった。やはりチャイを飲んでる時間はなかったのである。

インド、グジャラート州ドワルカ近く

遥か向うにドワルカの街が見えて来た。

11:50、ドワルカ到着。
このバスの終点はドワルカのバススタンドだが、ドワルカの中心地に行くにはその手前で降りるのがいい。
3年前に一度来ているのでだいたいの様子はわかっているが、バスの運転手も車掌も行くべき道を教えてくれる。この道を真っ直ぐ、この方向にずっと進んで行けばいいんだと口をそろえて言う。

インド、グジャラート州営バスの車掌

運転手も車掌もとても親切なのだ。

もちろんその親切はとてもうれしく何度もお礼を言って別れたが、勝手知ったる道と高をくくって歩いて行ったら道に迷ってしまった。

何事も謙虚な気持ちで接し、人の言うことにはちゃんと耳を傾けなければならないということなのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

前のページへ行く目次へ行く次のページへ行く

インドのおもちゃ

オートリキシャの遺伝子を感じる車・TATA Magic Iris

デリーにはこんなかわいいタクシーが走っている。

インドのミニタクシー、TATA Magic Iris

なかなか愛嬌のあるかわいいフォルムなのだ。

これはタタモータース(Tata Motors)のマジック・アイリス(Magic Iris)という車である。

インド版軽自動車、TATA Magic Iris

これはインド版軽自動車といったところなのだ。

総排気量は611cc、全長2,960mm、全幅1,512mm、定員4名(メーカーサイトには「ドライバー+4名乗車」の記述もあるが、インドなので乗れるだけ乗るので「定員」はあってないようなもの)ということで、日本の軽自動車の最大規格である全長3,400㎜より短く、全幅1,480㎜よりちょっと広く、よって全体的にずんぐりした印象を受けるが、そこがまた愛嬌があっていい感じである。

そして一番私が気に入ったのが、後部(タクシー仕様の場合は客席)の窓が巻き上げ式の幌というところである。

インドのミニタクシー、TATA Magic Iris

この時代にこの方式というのが実に良い。

このゆるい解放感はオートリキシャから受け継いだDNAだろうか。メーカーサイトにもわざわざ「三輪より大きな収容力(capacity than 3-wheelers)」という売り込み文句が掲げられているところを見ると、やはりこの車はオート三輪ユーザーを意識した位置づけで開発されたものなのだろう。

はたしてマジック・アイリスはオート三輪に取って代われるだろうか。
それともその前に電動自動車の時代が来てしまうのだろうか。

インドのマフラー

2016年グジャラート再訪・第31回 / まさしく寝耳に水だった・インドのキャッシュクライシス

この旅にはタブレット端末を持って来ていた。

これまで旅に持って行く文明の利器と言えば、インドの携帯電話とデジタルカメラくらいだったのだが、今回は安いタブレット(6千円ちょうど!)を携行した。

まあスマホではないので通信はWi-Fi利用となりもっぱら宿での使用となるが、それでも一昔前みたいなネットカフェ(インドではサイバーカフェと言ったが)通いをしなくてもいいので大変便利である。
さらにデータ版(PDF)のロンリープラネットも突っ込んで来たので、次に行く町の情報や交通機関の情報を知るのにとても役に立った。

インドのガイドブックを入れたタブレット端末

宿の部屋に居ながらにしてのメールチェックや情報収集、それに重いガイドブックを持ち歩かなくて済むので本当に助かる。

そんなタブレットがこの旅で一番役に立ったのは、なんと言っても11月9日(2016年)の未明のことだった。

その日はジュナーガルを早朝のバスで発つ予定だったので、5時に目を覚ましメールのチェックをしたところ、インドで突然高額紙幣の使用中止が発表されたとのニュースが飛び込んで来た。
それは日本からの連絡であったが、のちに日本大使館からも以下の文面の連絡を受け取った。

【以下、在留邦人および「たびレジ」(旅行者への情報配信サービス)登録者へのメール】

新紙幣発行に係る情報について(お知らせ)

2016年11月9日
在インド日本国大使館

 8日夜、モディ首相は国民への演説を行い、500ルピー紙幣及び1,000ルピー紙幣の無効化並びに新500ルピー紙幣及び2,000ルピー紙幣の導入を発表しました。インド財務省が発出した通達やインド準備銀行(RBI)が発表したFAQ(Frequently Asked Questions)等の政府発表資料によると、概要は以下1~3のとおりです。

1 現行紙幣等の取扱い
(1)現行の500ルピー紙幣及び1,000ルピー紙幣(以下、「旧高額紙幣」と言います)は、11月8日24時(9日午前0時)以降、法定通貨としての効力を失っており、使用できません。但し、以下の支払いにおいては、11月11日までの間、引き続き使用可能です。
ア 政府系病院での治療費用の支払いや、医師の処方箋を示して政府系病院の薬局で医薬品を購入する際の支払い
イ 鉄道、政府又は国営企業(が経営する)バス、空港のチケットカウンターでチケットを購入する際の支払い
ウ 中央政府又は州政府の認可の下で運営する消費者共同組合店舗(consumer cooperative stores)での支払い
エ 中央政府又は州政府の認可の下で運営する牛乳販売店での支払い
オ 国営石油販売企業の認可の下で運営するガソリンスタンドで石油・ディーゼル・ガスを購入する際の支払い
カ 火葬場や墓所での支払い
キ 5,000ルピーを超えない旧高額紙幣を有する国際線の乗客が、国際線空港で両替をする場合
ク 外国人旅行者が5,000ルピーを超えない旧高額紙幣等を空港で両替する場合
(2)100ルピー紙幣以下の小額紙幣は引き続き使用可能です。
(3)クレジットカードやデビットカード、小切手での支払いは引き続き可能です。

2 本9日の銀行の営業
 銀行は、本日営業しておりません。ATMについては、本日及び明10日閉鎖しております。

3 新紙幣との交換等
(1)旧高額紙幣は、2016年12月30日までの間、銀行支店等にて銀行に預金する、又は新紙幣を含む使用可能な紙幣と交換することができます。
(2)交換の上限は4,000ルピーですが、この上限は15日後に見直されることとされています。
(3)預金の上限はありません。(但し、KYC(Know Your Customer)規則に従っていない口座については上限50,000ルピーとされています。)
(4)11月24日までの間、銀行窓口での現金引出しの上限は1日10,000ルピー、1週間の上限は20,000ルピーとされています。11月24日以降、上限については見直すこととされています。ATMでの現金引出しは11月18日までは上限カード1枚当たり1日2,000ルピー、11月19日以降はカード1枚当たり1日4,000ルピーとされています。

【以上】

ちょっと長い文面だが、要は500ルピー札と1000ルピー札が突然使用できなくなったということである。

インドの旧高額紙幣

これはすでに通貨ではなくただの紙なので「見本」などのかぶせ文字は必要ないのだ。

モディ首相の演説は8日夜8時に行われ、実施が翌午前0時からとのことで、まさに寝込みを襲う奇襲作戦であり、寝耳に水の強硬策であった。

この施策の一番の狙いはブラックマネーの根絶ということにあったようだが、そんなことはこの時点ではもちろんわからない。

インドの高額紙幣廃止の看板

この時点(2016年11月8日)で500ルピー札と1000ルピー札のインド国内での流通量は全紙幣の86%も占めていたのだ。

まったくインド政府は何を考えているのだ。
そもそも通貨、特に紙幣などというものは、盤石な国家が責任を持って保証して初めて「紙」が「金」として流通するものなので、こんなに簡単に「紙」に戻されてしまってはたまらない。いったい何を信用したらいいのかわからなくなってしまう。

まあ政府批判はひとまず置いといて、現実問題として高額紙幣が使えないとしたら、現時点での持ち金はどれほどなのだろうかと、ベッドの上に財布の中身を並べてみた。

すると、

100ルピー札が12枚
50ルピー札が3枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が11枚

つまり合計でも1,520ルピー(約2400円)しかない。
あとはコインがいくらかと、500ルピー札が60枚(約48,000円)である。

夕べまでは日本円で5万円も持っているお金持ちだったのに、目が覚めたら2,400円しか持ってないことになろうとは、世の中何が起こるかわからないものである。

予定ではまだ一週間以上グジャラートを回るつもりである。宿泊費はクレジットカードの使えるホテルにするとしても、一日350円足らずの予算ではちと厳しい。だいたい移動ができないではないか。

でももしかするとそこはインドのことである。こんな急な通貨規制を厳正に施行に移せるとは到底思えない。きっとなんとなくこのままずるずると使用可能状態が続くのではないかと私は踏んだ。

とにかく使えるだけ500ルピー札を使ってしまおうと、少し早めに宿をチェックアウトすることにした。

インド、ジュナーガルのホテルハーモニーのフロント

さすがにバスターミナル近くのホテルである。早朝にもかかわらず従業員が二人も待機していた。

宿代2,656ルピーに対して、何食わぬ顔でフロントの従業員に500ルピー札6枚を差し出してみた。
すると従業員は「釣りが無い」と言う。しかしこれはいつものことであり、少なくとも500ルピー札の受け取りを拒否しているわけではない。従業員があのニュースをまだ知らないのか、それとも私と同じようにまさか即日厳正施行にはならないだろうと思っているのかは知らないが、とにかくここでは使えそうである。
そこで私は事前に小額紙幣を抜き取っておいた財布を見せ、こちらもそれしか無いんだと譲らない。
従業員はしばらく引き出しの中をごそごそ探していたが、やがてあきらめて自分の財布から釣り銭の小額紙幣を出して渡してくれた。

まるでババ抜きのようだが悪く思うなよ、こちらも必死なのである。

この通貨危機の話はこの後もたびたび出て来ることになるが、ちょっと先回りしてデリー帰着後の状況を言えば、廃止された高額紙幣に代わる新紙幣の供給はまったくと言っていいほど追いついておらず、旅行者向けの両替所などもシャッターを閉ざしたまま営業をしておらず、一般庶民だけでなく外国人旅行者も大いに困っていたのであった。

インド、ニューデリーの両替屋

商売道具がないのではどうしようもないのだ。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

前のページへ行く目次へ行く次のページへ行く

インドの伝統工芸細密画

インド関連本紹介:「インドでわしも考えた」椎名誠・著

「インドでわしも考えた」椎名誠・著
ご存知椎名誠氏の著書である。

内容は週刊誌連載企画としてのインド旅行記であるのだが、その旅の大きな目的として「空中に三メートルも浮いてしまうヨガ行者」を探すということが据えられる。
そして勇躍乗り込んだインドの大地で、氏を待ち受け襲い来る数々の出来事を、氏ならではの視点と感性で受け止め、抜群のユーモアでもって切り捨てるというものである。

私としては初めて読んだ氏の著書であり、それだけにインパクトがすごかった。
インドに行くにあたり、インド関連の本を読もうと本屋を捜し歩いていたのだが、当時(1985年頃)は一般的なインド紹介本はあまりなかった。少なくとも地方の町の本屋などでは、置いてあるのは普通に売れそうな本ばかりで、少しでも道を外れた(?)売れ残り必至の本を置くという冒険は決してしていなかった。

そんな中、どこの本屋でも簡単に手に入り、しかも気軽に読めるインド本といえば、妹尾河童氏の「河童の覗いたインド」と本書くらいなものではなかっただろうか。
とにかく私は、インドに行く前にいろいろな情報が知りたく本を捜し歩き、ようやくこの本を手にしたのだが、読み始めてすぐに次のような一文が目に飛び込んできた。

インドに行くにあたってインドの本を読んだり最新情報を聞いたりガイドブックを読んだりするようなことは一切やめよう、ということにした。
【椎名誠:著「インドでわしも考えた」小学館刊より引用】

げげっ、いきなり否定されちゃったよ。

まあこれは著者自身がインドに行くにあたり、インド関連の先達たちの厳しい視線を意識しての決意ではあるのだが、その逆をしている私としては自分が実に姑息な人間のように思えて来た。
でも考えてみれば、この本だってインドのことを紹介する本である。読んでる人はみんな「本からでもいいからインドを知りたい」という人なのである。だからその一文はなんだか禅問答のようでもあり、ちょっと意地悪なんじゃないかと思うのである。
しかも立ち読みではなく、もうお金を出して買っちゃった後だったので、そこは「他人は他人、自分は自分」と割り切ることにした。

で、氏をそうした気持ちにさせた原因となる一文が冒頭に出て来る。

インドに行くことになった。毎度ながら別にたいしてスルドイ目的意識やテーマというものはない。それじゃあこのへんでそろそろインドへ行ってみましょうか? うーんそうですなあ、というような程度である。しかしインドという国はこの程度の意識と態度ではたちまちインド研究家およびインド崇奉派および印度的瞑想思索人およびインド哲学放浪者(中略)等々からさまざまな批難指弾のひとかたまりを浴びそうなこころもとなさ、というのがある。
【椎名誠:著「インドでわしも考えた」小学館刊冒頭部より引用】

確かにインドに関してはいまだに神秘的なところや、深く考えさせられてしまうことなどもあったりする。身分差別や貧困、国中にあふれるあまたの神々と人の死のあまりに身近なことなどなど・・・
もちろんそういう深刻、深遠な問題をちゃかすのは良くないが、日本がフジヤマ、ゲイシャ、ハラキリ、オタクだけの国ではないように、インドもそれだけの国ではないのである。

健康維持に栄養バランスが大切なように、インド感にもバランスが必要である。
今回紹介している本は、わが国初の「肩に力を入れずに読めるインド関連本」であり、つい偏りがちになるインド感にほどよいバランスを取り戻すためのサプリメント的な役割を持つのではないかと思うのである。

とまあ、ホントはこんな説明なんかまったく必要ない、読めば抱腹絶倒間違いなしのインド関連本なのである。

異邦人が思う白い朝:デリーの環境対策

まだ私が若かりし頃、「異邦人」という歌がずいぶん流行った。
あの異国情緒あふれるメロディーと詩に、まだ見ぬ世界(特に中東あたり)に想いを馳せたものである。

その歌の中に「私を置きざりに過ぎてゆく白い朝」という歌詞が出て来るのだが、そもそもあの歌のタイトルは「白い朝」というものだったそうである。

異国で迎える白い朝。なんてロマンティックなんだろう。
こんな感じだろうか・・・

デリーの大気汚染

白く煙るデリーの街 / 2017年11月8日のニュースサイトより

急激に発展を続けるインドでは、深刻な大気汚染(それだけじゃないが)が進んでいる。上の画像はそんな大気汚染で煙るデリーの街である。ぜんぜんロマンティックなんかじゃないのだ。

そのニュースはたびたび日本でも報道されるが、ついにデリー市内の全小学校が、大気汚染による臨時休校という事態にまでなった(2017年11月7日)。なんでもWHOの定める安全基準の30倍近くにも達する大気汚染だというから、まさに異常事態である。

もちろんインド政府もただ手をこまねいているだけではなく、ずいぶん前から環境汚染対策は行ってはいる。

その第一弾とも言うのが、2001年に始まった公共交通機関のCNG化だった。
これはガソリンより環境にやさしいCNG(圧縮天然ガス)を燃料とするというもので、デリーなどの大都市から規制が始まった。

インド、CNG燃料で走るオートリキシャ

これが大気汚染の切り札になるかと思われたのだが・・・

しかしそんな対策も、車の普及のスピードには追い付かなかったようである。
燃料を変えても内燃機関を使用している限り、この大気汚染は止められないのだろう。ついにインド政府はこの6月(2017年)、2030年までに電気自動車以外の車両販売を中止すると発表したのだった。

まあその実現の可否は別にしても、すでにデリーでは数年前から電動のオートリキシャが走り始めている。
でも私は従前の(特に古いタイプの)オートリキシャが好きなので、ここでは特に紹介して来なかっただけなのだ。
でまあ、今さらではあるが、これがその電動式オートリキシャである。

デリーの電動式オートリキシャ

はたして救世主となるかどうかはわからないが、いずれは全部これに置き換えられるのだろう。

ドライバー氏のなんと晴れがましい笑顔であろうか。自分が新しい時代の担い手であることを自覚しているようである。

でもインドでは環境にやさしい乗り物はもっともっと昔からある。

上の写真でも右端に写っているが、自転車を改良したサイクルリキシャである。
これならいくら走っても、出るのは漕ぎ手の汗と息、それからウ〇コくらいなので、それほど環境に悪くない。

そしてもう一つ、やはり上の写真の右奥に写っている赤い丸の書かれた看板なのだが、これはデリーメトロの駅を示すものである。

デリーメトロは2002年から営業を始めた電車である。
開業当初は路線も限定的だったこともあり、車内はいつもガラガラだったが、今ではラッシュ時の主要駅では乗り切れないほどの乗客でごった返している。
とにかく今やデリーメトロは庶民の重要な足となり、他の大都市でも同様の路線建設が進んでいるので、少しは車離れにつながることであろう。

インドのデリーメトロ

これはもうラッシュアワーが終わったあとのホーム。

とまあ、なかなか大気汚染の進行を食い止めるまでには至らないインドであるが、その一方でまだまだ人力や動物の動力なども使用されており、そうした新旧入り混じった対策を進めて行けば、きっと今にきれいな空を取り戻すことができるのではないかと、かなりの期待を込めてそう信じたい。

まあ所詮私は、ちょっとふり向いてみただけの異邦人ではあるのだが。

2016年グジャラート再訪・第30回 / ジュナーガルの街散策その3・バザールにて

狭い路地に小さな店がびっしり並ぶ、ジュナーガルのバザールを歩く。

大きな旧市街のバザールなどでは道に迷うこともあるが、特に時間が無かったり、なにか用事があったりしない限りそれもまた面白い。

インド、ジュナーガルのバザール

小さな店が延々と続く

ジュナーガルのバザールはそれほど大きなものではないが、それでもいくつか分かれ道があったり、アーチ型の通路を通り抜けたりとなかなか楽しい。

インド、ジュナーガルのバザール

入り組んだ路地にアーチが良く似合う。

そんな風に特に目的もなくウロウロしていたら、店先から声がかかった。
見れば小さな靴屋、いや、サンダル屋のおやじが声を掛けてきたようであった。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋

この店はサンダルだけで勝負しているのだ。

なんだろうと近づいていくと、ちょっとここで休んで行けと言う。
もっともおやじは英語を話さず、こちらはグジャラート語がわからないので確かではないのだが、きっとそう言ってるのに違いない。
11月とは言えグジャラートの昼の盛りは暑い。それに何か用事があるわけではないので、お言葉に甘えて店先に腰掛けさせてもらった。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじ

言葉はできたに越したことはないが、時には言葉が無くても通じることもあるのだ。

ただしさすがに込み入った話はできない。せいぜい「どこから来た?」(たぶん)と聞かれ「ジャーパーン」と答えるくらいである。
そんな会話はものの10秒ほどで済んでしまうので、あとはひたすら黙って座っているだけである。まあおやじと向かい合って座っているわけではなく、二人して外を向いて座っているので特に気まずさはない。
するとおやじが「チャイを飲むか?」と聞いて来たので(「チャイ」だけはわかるのでまず間違いはない)、「飲む」と即答する。

おやじは店をほったらかしてチャイ屋に行ってしまった。
こんな時にお客さんが来たら困るなと思っていると、一人のおばさんがやって来た。世の中とかくそういうものである。
仕方がないので身振りと英語で店主の不在を説明し、よかったら店主が戻るまで店の中を見ていてくれと言うがやはり通じない。
ところがおばさんはおだやかな笑顔で私に「お金をくれ」と言い出した。もちろんこれも手振りでわかったのだが。
とにかくお客さんではないらしいのだが、おばさんの服装は特に汚いわけではなく、また柔らかい物腰とにこやかな態度で到底物乞いとは思えない。
私がおばさんの真意を汲みかねていると、今度はなにやら歌を歌い出した。小さな声ではあるが、歳に似合わぬかわいらしい声で楽しそうに歌う。ますますおばさんへの対応の仕方がわからなくなった。
するとそこを通りがかったおっさんが、すかさずおばさんに10ルピー札を渡し、なにやらにこやかに声までかけて去って行った。ありゃりゃ・・・
おばさんはもらった10ルピー札を私にひらひら見せて、「ほらね、みんな私にお金をくれるんだよ」と言うのである。(これも想像ではあるが、たぶんかなり近いと思う)
事ここに至ると私も少しお金を出すようかなと思ったが、おばさんはくるっと背を向け、歌いながら行ってしまった。たぶんいつまでも言葉もわからんやつの相手をしていても、どうにもならんとあきらめたのだろう。
しかしあのおばさんはいったい何者だったのだろうか。

そんな心細い思いをしたので余計に時間が長く感じたが、実際おっさんが戻って来るまで10分くらいかかった。

すぐ近くにチャイ屋がある場合は、店の小僧がグラスに入れたチャイを出前してくれることもあるが、ここではビニール袋に入れたチャイをおっさんが持ち帰って来た。小さな紙コップもちゃんと二つおやじのシャツの胸ポケットに入っている。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじ

テイクアウトのチャイはビニール袋に入れてくれる。

さすがにプロはすごい。ビニール袋に入ったチャイは紙コップにぴったり二杯分あった。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじがくれたチャイ

この量がまたいいのだ。

この少しのチャイをインド人たちは時間をかけてゆっくり飲む。
私もなるべくゆっくり飲もうとするのだが、なかなかインド人のようにはいかない。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじ

おやじは手もみをして「へえ、何を差し上げましょう」と言っているのではない。タバコを吸っているだけなのだ。

おやじはタバコ吸いなので日本のタバコが欲しかったようだが、私は吸わないので当然タバコなど持っていない。
代わりにいつも持ち歩いている個別包装のフルーツキャンディーを二つあげ、おやじに礼を言って店をあとにしたのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

前のページへ行く目次へ行く次のページへ行く

真鍮製のアンティーク弁当箱

インド関連本紹介:「深い河」遠藤周作・著

深い河:遠藤周作
この本は芥川賞作家、遠藤周作の「最後の純文学長編」である。(と本の帯に書いてあった)

話の概要としては、インド旅行に参加した5人の人間模様を通し、宗教とは何か、信仰とは何かを問いかけるものとなっている。
主な登場人物の5人には、それぞれの人生で背負ってしまった重荷があり、それがためにインド旅行への参加を決意する。そして訪れたガンジス河の聖地ヴァーラーナスィで、それぞれに何かを感じるというものである。

でも、ここではそれ以上の内容には踏み込まず、あくまでもインドがらみでお話しさせていただくとする。

主人公とその関連人物は、もともとインドとはまったく縁のない人生を送っていた。(だからツアーでの参加なのだが)
しかし登場人物の中で唯一、ツアー添乗員である江波は四年間のインド留学の経験があり、その流れで添乗員として働くことになったのだが、インドに関する知識と思い入れが深いため、たびたびツアー参加者の安易なインド感にムキになって応対してしまう。

そんな彼の思いを描いたシーンを以下に抜き出してみる。

 
江波は午前中、わざとガンジス河のガートに行くことを避けたが、それは日本人観光客たちにたんなる好奇心でこの聖なる河、聖なる儀式、聖なる死の場所を見学させたくなかったからである。日本人たちが沐浴しているヒンズー教徒を舟上から見て必ず言う言葉は決っていた。
「死体の灰を川に流すなんて」
「よく病気にならないね、印度人たち」
「たまらないな、この臭い・・・・・・印度人、平気なんだろうか」
今度もいずれは軽蔑と偏見のまじった観光客のそんな声をきかねばならぬが、それは夕暮で結構だ。
【遠藤周作著「深い河」講談社文庫版より引用】
 

ヒンドゥー教徒(作品の中では「ヒンズー教徒」と表記)は輪廻転生を信じる。そのことはこの作品の中にも繰り返し出て来る。そしてヒンドゥー教徒の最終的な願いは、その輪廻からの解脱である。そのためみなガンジス河までやって来るのである。

ツアー添乗員江波も、日本人旅行者を案内して何度もガンジス河にやって来る。
まさしくそれは輪廻のようであり、その都度上記引用文のような思いをさせられ、ストレスが溜まることであろう。インド人が生きることは苦しいことであると思うように、江波にとって添乗という仕事は苦しいものなのだ。しかし苦しくとも生きねばならないのが人生であり、苦しくとも働かなければならないのが生活というものなのである。

はたして江波には、いつ解脱の時が訪れるのであろうか。

私は作品の本題とはまた別に、そんなことを考えてしまったのである。

動物の鈴・アニマルベル