2016年グジャラート再訪・第28回 / ジュナーガルのおやつ・その2

ウパルコート砦でようやく見つけた落花生は生っぽくて食べられず、それじゃもうひとつの好物を食べるかと、こちらの店に来た。

これはトウモロコシ屋である。
インドのトウモロコシ屋は焼くのとゆでるのがあるが、ここはゆでトウモロコシである。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

ウパルコート砦にはたくさんの観光客がいたが、この店にはまだ客がほとんど来ていなかった。

どうやらこの店は家族で切り盛りしているらしく、奥さんらしき人がトウモロコシの皮をむき、それをおやじが釜でゆでている。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

家族一丸となって働いている店はつい応援したくなる。

そして息子も手伝っている。
しかしこれをひとくくりに児童労働と非難するなかれ。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

きっと今は学校もディワリのお休みなのだろう。きっとそうに違いない。

なにしろおやじは左腕にギプスをし、首から吊っているのだ。
つまりこの少年はまさしくおやじの片腕としてがんばっているのである。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

少年は無理やりやらされている風ではなく、本当に一生懸命働いていた。

そうこうしているうちに、私のトウモロコシが出来上がって行く。
これは最後の仕上げ、塩と唐辛子の粉をレモンに付け、それをごしごしトウモロコシにすり込んで行く作業だ。担当は少年である。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

初めの頃はこのサービスはありがた迷惑に思ったものである。

実は私は初めの頃これがダメだった。
なにしろ何度も使ったくちゃくちゃのレモンで、得体のしれない粉(当時の私はその茶色がかった粉が塩だとは思えなかった)をトウモロコシにすり込むのである。バッチイというのもあるが、それよりトウモロコシにレモンはないだろうと思っていたので、いつもそれは断ってなにも味のないものを食べていた。

ところがある時、私が制止する前にごしごしやられてしまい、仕方なくそれを食べたのだが、あ~ら不思議、レモンの酸味と塩味が混ざり合うと、なんとなく醤油みたいな感じになるのである。(その時は唐辛子はなかった)
それ以来この味付けがすっかり気に入ってしまい、たまに気の利くトウモロコシ屋が「レモンはどうする?」と聞いて来たりするが、ガシガシごしごしやっちゃってと頼むほどになった。

インド、グジャラートのトウモロコシ

この黄色がインドの大地によく映えるのだ。

このトウモロコシは10ルピー(約16円)だが、値段はサイズによって変わる。
この店ではトウモロコシを紙皿に載せてくれたが、通は捨ててあるトウモロコシの皮の中からきれいそうなのを選んで拾い、そいつで包んで食べたりする。それが粋なトウモロコシっ食いてもんでい。てやんでい、べらぼうめい。

とにかく店の奥にある椅子に座り、トウモロコシをゆっくり食べる。
まだ下痢が治り切っていないので、本当にゆっくりしっかり咀嚼しながら食べる。

客は客を呼ぶ。特に外国人が食べていると、インド人たちはそれを目ざとく見つけ、われもわれもと店に殺到する。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

お客はお客の招き猫、千客万来商売繁盛で笹持って来い、なのだ。

まあ、そうすぐにはやって来ないかもしれないけど、なるべくゆっくり食べて、少しでも客を呼び込む手助けができたらいいなと思うのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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シンプルデザインの真鍮製シンギングボウル

2016年グジャラート再訪・第27回 / ジュナーガルのおやつ・その1

私はジュナーガルに着いてから、ずっとあれを探していた。
というのも、バスでジュナーガルに来る途中で、それを見かけたからである。

最初は車窓から見た畑だった。
畑のところどころに、なにやら小山のようなものができていた。
それを見たとき、もしやと思った。なにしろ窓から入る風の中にも、それの匂いを感じ取ったのである。

インド、グジャラートの落花生畑

沿道には子供の頃の記憶を呼び覚ます光景が続く。

そしてバスが山のような荷を満載したバイク型三輪を追い抜くとき、はっきりこの目でそれを確認した。

インド、グジャラートの落花生

子供の頃、まさしくこういう光景を何度も目にしていた。

それは落花生である。
畑にあった小山は、掘った落花生を乾燥させていたのである。
風で運ばれて来た匂いは、もちろんあの煎った芳ばしい落花生のものではなく、ほとんど土の匂いなのだと思う。
でもそれは私が子供の頃に見た秋の風景であり、匂いそのものだった。私が育った町は落花生の生産が盛んだったのだ。

インド、グジャラートの落花生

かつてのアメリカ合衆国カーター大統領も落花生を作っていた。そしてかつての日本の総理大臣はアメリカの会社からピーナツをもらっていた。

なのでジュナーガルには落花生を売る店がきっとあると思って探していたのだが、ようやくそれをウパルコート砦の中で発見したのであった。

インド、グジャラートの落花生屋

ようやく見つけた落花生売りの屋台。おっさんは新聞を読んでいるのではない。包装紙を作っているのである。

こうしたインドの屋台の豆売りは、さやをむいた豆を鉄鍋に入れた砂で煎るというのが多いのだが、この店ではさやごと煎っていた。

インド、グジャラートの落花生

落花生はさや煎りが一番おいしい。ちなみに二番目はゆで落花生なのだ。

値段はわからないがそんなに高いものではないはずである。なにしろインドは落花生の生産量で世界第二位であるし、実際袋詰めのものなどはそこらじゅうで売られている。またちょっと気の利いたレストランでビールを注文すると、サービスでピーナッツがどっさり出て来たりする。

こうした量り売りのものを買う時には、先にお金を出して見せ、その分だけもらうのがいい。
今回はとりあえず10ルピー札を出してみた。

ひとつかみほどの落花生が新聞紙に載せられて差し出された。
その写真を撮ろうとすると、落花生屋のおっさんが慌ててなにやら言う。

インド、グジャラートの落花生屋

ちょっと待ってくれと落花生屋は言った。

写真を撮ったのがマズかったのかと思ったらそうではなく、撮るならちゃんと手渡しているところを撮れとのことで、一旦私の手から包みを取り上げ、あらためて手渡してくれた。
お気遣いありがとうございます。

インド、グジャラートの落花生屋

へい!お待ち!と落花生屋は言った。

さっそくさやをむいてみたら・・・ん?

これも落花生の産地で育った人間なのでよく知っているのだが、この色はまだ生である。生の落花生を知らない人でも、良く煎ったものとはだいぶ色が違うのがおわかりになるだろう。そう、普通よく見かける物は渋皮が赤茶色になっているのだ。

インド、グジャラートの落花生

むむ、なんだか思っていたのとは違うのだ。

まだ下痢も完全には治っていないし、「生で食べたら腹をこわすぞ」と言われて育って来たのでちょっと躊躇してしまったが、そもそも待ち切れずに店の真ん前でむき始めていたので、食べないわけにはいかないだろう。あの気配りのできる豆屋のおっさんだってまだ見てるし。

むいてしまった落花生を口に入れて噛むと・・・う~ん、やっぱりこれは生である。畑に取り残されたものを拾って食べたことがあるので知っている。

口に入れた分はちゃんと飲み下し、豆屋のおっさんに「グッドだ」とうそを言い、残りの豆は新聞紙で包んでかばんにしまいその場をあとにした。

どこかに捨ててしまおうと思っていたのだが、なんだか捨てるのは気が引けて、ホテルまで持ち帰った。
そしてその夜、一人で特にすることもないもので、なんとなく落花生をむいて口に入れたら、まあこれはこれで食べられないことはない。いや、実際ああして売られているものなのだから、食べられるはずなのだ。確かに良く煎ったものと比べたら生に近いかもしれないが、一応火を通してはあるのだし・・・

なんて考えながらぽつぽつ食べてたら、新聞紙の中はいつの間にか成長不良の小さな落花生がひとつ残るだけとなり、それだけ捨てるのも忍びないので、爪の先で一生懸命さやを割り、結局全部食べてしまったのであった。

食べ物を粗末にすると罰が当たるかもしれないが、全部食べたら食べたでやはりなにかしら当たりそうな気がする。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドの南京錠

わずかなスペースを有効利用・インドの露店本屋

グジャラート州バーヴナガルの交差点に露店の本屋があった。

メイン商品は雑誌や新聞のようで、古本屋というわけではなさそうである。
道路わきの金属製の柵を上手に利用して、たくさんの雑誌の表紙を見せている。インドでは間口の狭い店が多いが、その点この店はなかなかの好立地と言えるかもしれない。

インド・街角の露店本屋

露店の本屋は道路の柵を利用して上手に雑誌を陳列している。

また時間が昼下がりということで、本屋のおやじも柵の台座のわずかなスペースに、平積みの本と並んで昼寝をしていた。
こんなに狭いところで落ちやしないかと心配になるが、おやじの左手の指はしっかり柵に引っ掛けられていて、落ちることはないのである。

インド・街角の露店本屋の昼寝風景

露店の本屋のおやじは道路の柵を利用して上手に体を横たえている。

インドは広い国土を持つ国なのに、ちょっとしたスペースを最大限に利用する知恵は日本人以上だなあと、思わせられることがよくあるのである。

インド先住民族の工芸品ドクラ

凧屋の株は今が買いということか・インドの凧屋

インドは凧揚げが盛んである。
中でもグジャラート州は、年に一度凧フェスティバルが開かれるほど盛んである。

なのでインドでは凧の専門店がある。しかも一軒や二軒ではなく、軒並みあったりするので驚く。

これはバーヴナガルの旧市街の凧屋である。そしてその隣も凧屋である。

インドの凧専門店

凧がこれだけあるということは、それを作っている人もたくさんいるということである。

当然売っているのは凧である。あちらの言葉で「パタン」という。
日本でも凧のことを「ハタ」という地方があるが、このパタン語源説もあるようだ。

インド。凧専門店の店頭で山のように積み重なる凧

この界隈の凧を全部積み上げたら、揚がる高さより高くなるかも。

専門店なので凧本体だけでなく、その用品も扱っている。
しかし凧用品といっても糸と糸巻くらいしか思いつかないし、実際店内の棚を見たところ、やはりその程度の商品しかないようであった。

インド・凧専門店の商品棚には凧糸がたくさん並ぶ

凧糸もたくさん売られているが、素人にはその違いがわからない。

とにかく一軒の店だけでもかなりの数の凧を売っている。
さすがにこれだけの凧がすべて売り切れるとは到底思えないのだが、実はインドの凧揚げは喧嘩凧で、相手の凧と糸の切り合いをするのだ。
つまりどう少なく見積もっても、ふたつにひとつはどこかへ飛んで行ってしまうことになる。さらに戦いが続けばもっと多くの凧が空の藻屑(?)となるのである。

ということで、糸を切られた凧とはまさしく対照的に、凧屋の方では切れ目なく凧が売れていくということなのであろう。

シンプルデザインの真鍮製シンギングボウル

それはこうです!たぶん:【今回のテーマ】プロ 耳かき 道具

 このコーナーは当サイトに関する最近の検索キーワードの中から、「これはいっちょちゃんとお答えしとかなきゃいけませんね」というものをピックアップして、頼まれてもいないのに勝手に回答してしまうコーナーです。
 そもそもその検索キーワードを打ち込んだ方はすでに当サイトを訪れ、そしておそらくがっかりされて去って行かれただろうと思いますが、あえてそのさみしげな背中に向かってお答えさせていただきます。
「それはこうです! たぶん」

今回取り上げる検索キーワードは

「プロ 耳かき 道具」

です。

********************

まず始めにご説明しておくと、インドには耳かきを生業とする人たちがいる。

まあ日本にもおねえさんが耳かきをしてくれる店があったりするが、インドの耳かき屋はそういういやらしい目的・・・いや、私は日本の耳かき屋のことはよく知らないのであくまでも想像でしかないのだが・・・日本のそれは耳を掃除してもらうというより、たぶん、おそらく、もしかしてだけど~、おねえさんのひざまくら~が、目的なんじゃないのお~~~

そういうことだろ。

でもインドはそんな不純なものではなく、「カーン・サーフ・ワーラー」と呼ばれるレッキとした職業があるのだ。
ヒンディー語でカーンは耳、サーフは掃除、ワーラーは作業者(仕事にくっつけて「それを行う人」)という意味なので、つまりそのまま「耳掃除人」ということになる。
彼らは目印の赤い帽子(または巻き布)を頭にかぶり、街角で客を探して歩いている。そう、彼らは店を持たない露天商(?)なのである。

では彼らはどのような道具を使っているかというと、基本は「細い棒」一本である。インドの耳かき屋棒の材質や形状の詳細はわからないが、おそらく耳かき屋によって多少の違いがあると思う。
なのでここはあくまでも自分の体験した時のことでお答えするのだが、この時は金属製のもののように見えた。
先端は日本でよく見るようなスプーンのようにはなっておらず、先端付近にらせん状の溝がつけられ、そこに綿をからめて綿棒のようにして使っていた。
ちなみに綿は耳かき屋の耳(つまり「カーン・サーフ・ワーラー・カーン」である)に挟まれている。
インドの耳かき屋とにかく使用しているのは特にすごい工夫があるわけではないただの細い棒なのだが、弘法は筆を選ばず、カーン・サーフ・ワーラーは耳かき棒を選ばず、要は腕がものを言うのである。
耳の穴をのぞき込み、巧みに棒を動かして耳垢をこそげ落として行く。
そして大物を掘り当てたときは、ピンセットを使って引きずり出す。インドの耳かき屋の道具そんな腕と棒一本で生活を支えている彼らだが、この耳かき屋は小さな道具箱を持ち歩いていた。インドの耳かき屋の道具何が入っているのかと覗いて見ると、小瓶がずらりと並んでいる。
これは耳のケア用の薬であるようだ。私も耳掃除の後にしきりにつけることを勧められた。
しかし中身はなんだかわからない。ちゃんとした医薬品かもしれないし医薬部外品かもしれない。またはマヤク、ビヤク、マジナイ、サプリ、トクホのたぐいかもしれない。
とにかくそんな得体のしれないものを使う気にはならなかったので「あくまでも個人の感想です」すら言えないのである。インドの耳かき屋の道具ちなみにこの時の耳かき料金は両耳で20ルピー(約40円)だった。
しかしこれは同行の現地人に交渉してもらった料金である。
某デリー在住者のブログで、コンノート・プレイス(デリーの中心地)で耳かきをしてもらったら100ルピーだったというような記事を読んだことがあるが、料金はケース・バイ・ケースなのだ。
これは耳かきに限ったことではなくインドでの料金設定(定価販売は除く)全般に言えることだが、決してその金額の違いだけで高いとか安いとか判断してはいけない。
価格は需要と供給のバランス、買う側と売る側の立場の強弱(たとえばものすごく耳がかゆくて、1000ルピー払ってでもすぐにやってもらいたいときなど)や、場所、天候、虫の居所などによって常に変動するものなのである。

とまあ以上が私の知りうる限りの「プロ 耳かき 道具」に関する情報である。
イマイチ道具の詳細がわからなかったかもしれないが、要はプロの一番大事な道具は「よい腕!」ということでお茶を濁しておくのである。

以上、少しでもお役に立てたら幸いである。

南インドの休日:その10 / フォート・コーチンでビールとシーフード

それではいよいよお待ちかねのビールの飲めるシーフード・レストランに入ることにしよう。
なお、写真は必ずしも話の進行順で撮られていないため、空の明るさが行ったり来たりするが、その点ご了承願いたい。

やって来たのはその名も「コーチン・フォート」というレストランである。
夜ともなるとワイン&ビールという電光看板がよく目立つが、明るい昼間はこの前を通ってもちっとも気づかなかった。
南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストラン店に入るとすぐに魚を並べたショーウインドウがある。
そこで食べたい魚を選んで店員に言うわけである。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストラン魚もいいけどやはりエビは外せない。
しかし物価の安いインドでしかも産地といってもエビは高い。なんとこの一尾が100ルピー(約200円)もした。
もっともその値段には調理代と席料が含まれてはいるのであるが。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランということで、赤い魚とエビを6尾選んだ。
赤い魚は1200ルピー(約2400円)だった。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランこのレストランにはオープンエアのテラス席もある。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランでも屋根の下の席の方が雰囲気がいい。
まだ店内はガラガラだったので、南国風の中庭の見える席に着く。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランなんといってもまずはビールである。
昼からずっと我慢して来たので格別である。
ちなみにビールはキングフィッシャーの大瓶(650ml)が200ルピー(約400円)だった。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランインドに行ったらビールのお供はこれ、パッパルである。
パッパルは豆の粉を練って薄く丸く伸ばしたもので、食べる直前に直火で軽くあぶる。パリパリとした食感と練り込んだ胡椒のピリピリ感がたまらなくうまいのだ。
ただしたまに火であぶらずに油で揚げたものが出されることもある。そいつはぷっくりとふくれていて若干やわらかく、しかも油っこいので好きではない。
なので私は必ず「ローステッド・パッパル」と念を押すようにしている。
ちなみにこのくらいの店だとパッパルはサービスで出してくれたりするが、注文してもたいした金額ではない。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランこれは野菜サラダである。値段を書き留めるのを忘れてしまったが、たぶん100ルピー(約200円)ちょっとだと思う。
インドではよくキュウリやニンジン、玉ねぎやトマトをスライスしたものを「サラダ」と称して出して来る。
でもこうしたニンジンやキュウリに塩を振って食べるのもなかなかいけるし、ビールのつまみにもなる。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランいよいよ注文した魚が出て来た。
これはサッパリした味付けにしてもらったが、生臭さもなくおいしかった。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランそしてこちらがメインのエビである。
これはタンドーリ・プロウンということで、スパイスの効いたソースに漬け込み、タンドール(石釜)で焼いたものである。つまりタンドーリ・チキンのエビ版なのである。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランピリ辛のスパイスとほどよく着いた焦げめが実にうまい!南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランと、だいぶ食事も進んだ頃、店員がなにやら煙の出るお盆を持って店内を回り始めた。
聞けばこれは虫除けとのことであったが、私としてはそろそろ食事が終ろうとしている頃に煙をもくもく焚かれても迷惑なだけなのだ。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランしかしインド人や欧米人は宵っ張りなので、この店が本格的に忙しくなるのはこれからなのである。

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インドの伝統工芸細密画

南インドの休日:その9 / フォート・コーチンの魚屋

豊富な魚介類の水揚げのあるフォート・コーチンだが、それではそれらの魚介類はどこで買えるのか、またどこで食べられるのかといえば、それはもうその場、つまりチャイニーズ・フィッシングネットのすぐそばなのである。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばの魚屋

ここにはこんなパラソルを差し掛けただけの店や南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばの魚屋粗末な小屋掛けの店など、規模の小さな魚屋がたくさん並んでいる。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばの魚屋ちなみに魚あるところに猫ありということで、この界隈にはたくさんの猫がうろついている。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばでうろつく猫中には魚屋のおっさんと一緒に店番をしている猫もいたりなんかして、ぎょっ!と驚いてしまう。
こちらとしては猫が売り物の魚を食べてしまわないかと心配になるのだが、おそらく普段から魚をたらふく食べているのだろう、その証拠にそこらに落ちてる小魚などには見向きもしない。
満腹のライオンが目の前を横切るシマウマを襲わないのと同じということで、ここならサザエさんも裸足で駆け出さなくて済みそうである。
南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばでうろつく猫さて、魚屋があるのはわかったが、旅行者が魚屋で生の魚を買うわけにもいかず、当然どこか料理して出してくれる店に行くことになる。

チャイニーズ・フィッシングネットから一本奥に入った路地にも小さなシーフード・レストランがたくさん並んでいるが、チャイニーズ・フィッシングネットの横を通り過ぎた先、マハトマ・ガンディー・ビーチの前にもレストランのかたまっている場所がある。
南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランただしこういった店ではビールが飲めない。呼び込みのにいちゃんに片っ端から聞いて回ったから間違いないのだ。

で、しつこくしつこく聞き取り調査を行った結果、バスターミナルのすぐそばにビールが飲めるレストランがあることを知った。やった!
というか、バスターミナルはヴァイピーン島からのフェリー乗り場とチャイニーズ・フィッシングネットの間にあるので、ビールビールと騒いでいるわりには今まで気が付かなかったのがおかしいのである。
南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランこうしたレストランでは店先に魚を並べたショーウインドウが置いてあり、そこで自分で魚を選び、好みの調理方法を指示する。
もちろん調理方法はお任せでもOKで、その方が間違いがない。下手に薄味でお願いすると、生臭さが鼻についておいしくないこともあるのだ。南インド、ケララ州、フォートコーチンのチャイニーズ・フィッシングネットそばのシーフードレストランそれではいよいよビールの飲めるレストランに入ってみよう。

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人の想いは言葉の壁をも越えるのか:インドの物売り

「マッチ売りの少女」はとても悲しいお話である。

暮れも押し迫った凍てつく街頭でひたすらマッチを売り続ける少女。しかし足早に通り過ぎる人々は誰もマッチを買ってくれない・・・

私は小さい頃この本を母親に読んでもらいながら「誰かマッチを買ってやればいいのに」と憤ったものである。

でもそれは、この話がマッチ売りの少女目線で書かれているためである。

じゃあ実際に年末のあわただしいさなかに街角でマッチを買うかといえば、たぶん私は買わないと思う。

インド:交差点での物売りインドには小商人(こあきんど)がたくさんいる。彼らは身一つで元締めから託された商品をひたすら売り歩く。

彼らは街中にもいるし、大通りの交差点にもいる。そう赤信号で止まった車相手に商売をするのである。

売り歩く商品は様々である。
たとえばタオルを山ほど抱えて売りに来る少年がいる。
少年は信号待ちの車の間を移動しながら、一台一台タオルを広げて見せる。
まあタオルなら生活必需品なので売れるのではなかろうか。私は買わないけど。

新聞や雑誌を売りに来るじいさんがいる。
これも必要な人は買うであろう。もっとも私は読めないので買わないが。

インド:交差点での物売りそうかと思えば一抱えもある大きな風船を売りに来る青年がいる。
こんなもの誰が買うのかと思えば、これが意外と売れている。
これは使用時の商品の大きさに対して受け取る商品(ふくらます前の風船ね)が小さいので、売る方も買う方も楽であろう。ただし買った風船が見本のもののように大きくふくらむかはわからないが・・・

私が乗っていた車にも少年の売り子が来た。
少年が扱っている商品はボールペンである。
少年は買ってくれと言う。
私はいらないと答える。
そんな押し問答が何度か続く。
そうこうするうち前方の信号が青になった。
と、少年は少し開いた窓の上からボールペンを差し入れて来た。
私はあわててそれを押し戻す。
車がゆっくり動き出し、少年もようやくあきらめボールペンを引っ込め車から離れて行く。
あー、よかった・・・
しかし少年は車から離れる際、なにやらするどく言葉を言い放った。
いわゆる捨てゼリフというやつで、その雰囲気からしてちょっとした呪いの言葉のようにも聞こえたが、私はインドの言葉がわからないのでこんな時は大いに助かる。なにしろ呪いの言葉なんてものは、意味が分かって初めて心理的効果を表すものなのだ。

ところが、車が走り出してしばらくすると私の体に異変が起こった。
なんだか急に下っ腹が痛んで来たのである。
目的地に着いてからも腹の痛みは増すばかりで、昼時でもあったのでレストランに入り、すかさずトイレに駆け込んだ。

ひどい下痢をしていた。朝まではなんともなかったのに・・・

う~ん・・・もしかしたらこれはあの少年の呪いなのであろうか。
そしておそらく少年は私にこう言ったのであろう。

くそったれ!

と・・・

まったく人の想いというのは時として恐ろしい力をもつものなのだなあ。

ちなみに少年の呪いは二日間有効であった。

くそ・・・

真鍮製のアンティーク弁当箱

簡易商店の運営は決して簡易ではないのだ:インドの露店の準備

ここはアーマダバードの旧市街、日中から夜にかけてはたくさんの露店が並び、大勢の人でごったがえす場所だが、朝はすべての露店が姿を消し、通る人もまばらである。

インドの露店台車で商売をする場合、営業終了後は商品にシートをかけ、その近く、またはその上に人が寝て番をするということもあるが、ここでは商品はすべて持ち帰り、空の台車だけその場に残していくようである。

さて、それではその空台車の後ろの壁に立てかけてあるものがなにかお分かりだろうか。

インドの露店はい、正解は商品陳列棚の骨組みで、これが正真正銘この店の「屋台骨」ということなのである。

店の構造自体はこのように極めて簡単なものなのだが、この組立、陳列、撤収という作業を毎朝毎晩やるのだから大変である。

よく「『商い』は『飽きない』でやるのが大切」などという教訓めいたダジャレ(いや、ダジャレを使った教訓か)を聞くが、こういう人たちを見ているとホントにそうだなあと思う。
彼らは雨の日も風の日も、灼熱の太陽降り注ぐ酷暑の中でも、また凍えそうな雪の日・・・はないと思うけど、とにかく毎日この地味な作業を連綿と繰り返して行くのである。
そして彼らは「屋台の商売なんてもうやだい」などと、下手なダジャレは決して言わないのである。

木彫りのガネーシャ

男はぐっと我慢しなくちゃならない時もあるのだ:インドのおもちゃ

インドの中長距離路線バスでは、ちょっと長く停車する時に物売りがわっとばかりにやって来る。

売り子がひっさげて来るものといえば、カットフルーツにカット野菜、ポップコーンにポン菓子風スナック、水にジュースにビール・・・はさすがにないが、とにかく食べ物や飲み物が中心である。
しかしたまに食べ物ではないものを売りに来ることもある。

ここはグジャラート州ジュナーガルのバスターミナル、出発を待つバスがたくさん並んでいる。

インドのおもちゃ私は最後部近くの席で、すでに売り子から買ったポップコーンをほおばっていたのだが、新たに乗り込んで来た売り子が持っている商品がとても気になった。
それはカラフルなプラスチックでできたおもちゃのようなのだが、このバスにはあまり子供の乗客がいなかったので、売り子は後ろの方までやって来ず、その商品をよく見ることができなかった。

う~ん、どんなおもちゃなのか実に気になる。
でもまさか大の大人でしかも外国からの紳士がそんなものを買うわけにはいかないし、買わないのにわざわざバスの最後部まで呼び寄せて見せてくれとは言えない。なにしろ彼らはバスが出てしまうまでの短い時間が勝負なのである。

そうこうするうちに売り子はバスを降りて行ってしまったが、どうやら隣に停まっていたバスで売ることに成功したらしく、幸運にもそのおもちゃを買ってもらえた子供が隣のバスの窓越しに見えたので、こっそり盗み撮りしておいた。

インドのおもちゃなるほど、傘の周囲にぐるりと人形が吊るされていて、根元にあるレバーかなにかを押すと傘が回転し、遠心力で人形たちがぶんぶん振り回されるというおもちゃなのだな。

う~ん、一度でいいからやってみたい。

しかし大の大人で外国から来た紳士としては、まさか子供に「一回やらして」などとは口が裂けても言えないのであった。

インドのおもちゃ