サクラサク

今年もまた桜の季節がやって来た。

私も多くの日本人同様、この時を今か今かと待ちわびていた。
それはもちろん桜の花とそれを見ながらの宴会なども楽しみなのだが、桜の開花は本格的な春の訪れを意味しており、寒さが苦手な私は寒い冬から解放されることが実に嬉しいのである。さらにそれに加えてもうひとつ、桜の花が散る頃には、あのいまいましいスギ花粉の飛散もそろそろ終わりを告げるのである。いやあ、実にめでたい季節である。

さて、2月のインドで桜のような薄ピンク色の花をつけた木を見かけた。

インドに咲く桜のような花

暖かな陽気に咲く薄ピンクの花は、心を和やかにしてくれる。

場所はゴア州なので2月と言っても日中の温度は30℃ほどにもなり、ちょっと「春」とは言い難いかもしれないが、まだ朝晩かなり冷え込むデリーから行くとこの陽気が心地よく感じられ、気持ち的にはやはり「春だなあ」ということになる。

で、この桜のような花であるが、実は近くで見るとまったく違うというのがわかる。

インドの桜のような花

遠目には桜のようだが、近くでよく見るとぜんぜん違うのである。

そう、桜のように小さな花びらが集まっているのではなく、大きな花がぼそっとついているのである。

*残念ながら植物に無知な私はこの花(木)が何科の何というものなのかわからないので、詳しく知りたい方はお手数だが各自でお調べ願いたい。

そんな花なので、散る時も桜の花びらのようにはらはらとは行かない。
こんな風に地面にぼたぼた落ちている。

地面に落ちたインドの桜のような花

地面に落ちた花だけ見ると、決して「桜のようだ」なんて思わない。

日本ではその昔、受験結果が悪かった時に「サクラチル」と遠回しに言ったものだが、インドのこの花ではどうしても「落ちる」となってしまうだろうなあ。
そして人の生きざまにおいても、「散り際が見事」ならなんとなく格好がつくが、「落ち際が見事」ではなんだかお笑い芸人みたいでやだなあ。

今あらためて窓の外の桜の花を見ながら、日本に生まれてよかったなあとしみじみと思うのであった。

新年のごあいさつ

新年明けましておめでとうございます。

2014010101写真はインドの西の果て、グジャラート州ドワルカの日の出です。
ここはヒンドゥー教の聖地であるため、毎日たくさんの信者がやって来ては朝日を拝み、そして祈りを捧げます。

そんなグジャラートの旅のお話しは来週あたり(8日頃)から始める予定です。
ぜひまたその頃覗きに来てやって下さい。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

インドの南京錠

木陰のおかげなのだ:夏場のインドの特等席

この時期(4月~6月)のデリーの気温は連日40℃を超え、直射日光はまさしく刺すような強烈なものとなる。

当然車のボディーは焼けた鉄板のようになり、その車内は貧弱なクーラーではちょっとやそっとじゃ涼しくならない。
夏場のデリーの駐車場なので駐車スペースは木陰が特等席だというのは言うまでもない。いや、それはなにも車だけでなく、人間だって動物だって同じことである。
特にインドの酷暑期は空気が乾燥しているので、湿度の高い日本の夏では考えられないくらい木陰の涼しさが快適に感じられ、日向と木陰の差はそれはもう月とスッポン雲泥の差、ウコンとうんこくらい違うのである。

日本語には「お蔭様」という言葉があるが、遠きインドの地に於いて、その言葉の意味をあらためて肌で感じるのである。

インドの伝統工芸細密画