頼もしき動く水瓶:インドの給水車

日本では災害時か極端な水不足の時くらいにしかお世話にならない給水車だが、インドでは慢性的な水不足に悩む地域も多く、またインフラ整備がなかなか追いついていかないということもあり、大きなタンクを装備した(または牽引した)給水車をよく見かける。

これはディウで見かけた給水車なのだが、何でもすぐに古ぼけさせてしまうインド特有の高速経年変化現象の影響か、はたまた実際に年季が入っているのか、かなりくたびれた外観をしている。

インドの給水タンク車

インドでは普段から給水車が大活躍しているので、この車体もかなり酷使されて来たのだろう。

こう外側が埃にまみれていると、タンクの中の水まで濁っていそうに思ってしまうが、たとえ水が多少濁っていたとしても、この走る水瓶はインドではとても重要な存在であり、万が一故障して使えなくなってしまっては一大事なのだ。

ということで、ぼろっちい給水車のすぐ隣にほとんど新車と思えるきれいなのが停まっていた。次の世代を担う戦力というわけである。

インドの給水車

まだ真新しい給水車は見るからに頼もしく、今後の活躍が期待できる。

新しい車も基本的には古いものと同じタイプのようなのだが、車体の色が違うからか、その顔つきもなんとなく頼もしそうに見える。
また当然タンクも新しいので、中に満たされた水も澄んでいそうな気がする。

でも本当はタンクの水が澄んでいるかなんてことより、いつでも水道から水が飲め、給水車など見ずに済むのがいいのである。

インド先住民族の工芸品ドクラ

湯沸かしポットとティーセットは本当に助かるのだ・ホテルの設備

日本のホテルや、外国でも気の利いたホテルでは別に珍しサービスではないだろうが、バーヴナガルのホテル Sun “n” shine の客室には湯沸かしポットが置かれていた。普段私が泊まるレベルのホテルには、こういうものはないので実にうれしい。

インド・バーヴナガルのホテルsun"n"shineの備品の湯沸かしポット

現実にはへそで茶を沸かすのは無理なので、湯沸かしポットは本当に助かる。

さらにここには紅茶のティーバッグとインスタントコーヒー、そして砂糖と粉末ミルクも置かれていた。

インド・インスタントコーヒーの一人分パック

紅茶もいいけどたまにはコーヒーが飲みたくなる。

実はアーマダバードからずっと紅茶のティーバッグを探していたのだが、まだ見つけられずにいた。
もっとも紅茶の専門店はあちこちにある。立派な店構えの老舗から、バザールに構える間口半間程度の小さな店まで、本当にたくさんある。
しかしそういう店ではティーバッグを扱っていないところが多いのである。

インドの項茶屋はティーバックを扱っていないことが多い。

ティーバックなど邪道じゃ! なんてことは言わなかったが、紅茶専門店ではティーバッグを売っていなかった。

また外で飲む紅茶は、あの甘いミルクティーであるチャイになってしまう。たまにブラックティーがメニューに載ってる食堂なんてのもあるが、それでも砂糖だけはちゃんと入っていたりする。つまり色だけがブラックというわけなのだ。

とにかくたまにはサッパリとしたお茶が飲みたい、特に部屋食のクッキーを食べる時はやはりブラックティーでなければいけない。

インドのティーバッグでお茶を淹れる

茶道ならぬ邪道でもティーバックは手軽でいい。

飲まなかったティーバッグやコーヒーはありがたくいただいて行く。
私は小さなコイルヒーター(詳細は「旅の持ち物シリーズ・その23:コイルヒーター」参照)を持って来ているので一応お湯が沸かせる。なのでそれらは今後の貴重な「食料」となるのだ。

コイルヒーターは水を満たしたコップに突っ込みお湯を沸かすという単純な道具だが、コンセントを抜かずにコップから引き上げてしまうと、熱でヒューズが切れ二度と使えなくなる。
そんなちょっと不便な道具だが、旅行用の湯沸ポットよりはるかに小さいので持ち運びにはいい。
まあ便利を求めると逆に不便になることもあるし、不便を我慢するとより自由になれるということなのである。

インドのおもちゃ

なかなか居心地がよさそうなのだ・素焼きの巣

アーマダバードからバーヴナガルへの途上、バスが休憩したドライブインに併設された小さな売店。

インド・ドライブインの鳥の巣箱

小さな売店だが、バスも休憩するので結構人が集まって来る。

屋根になにやら小さな素焼きの壺がたくさんぶら下がっている。

インド・ドライブインの鳥の巣箱

売店を覆う屋根には、丸い素焼きの壺がぶら下がっている。

実はこれ、鳥の巣箱、いや、巣壺なのである。

インド・ドライブインの鳥の巣箱

これはなかなか快適そうである。

頑丈な屋根にも守られ、これなら鳥も安心して眠れることであろう。

インド・ドライブインの鳥の巣箱

すっぽり入り込み、安心安全なのだ。

家のない人も結構いるインドだが、鳥はなかなか幸せなのである。

インドの列車の設備・非常口

ちょっと前までインドの列車には非常口というものが無かった。

もっともインドでは長距離列車にせよ近郊通勤電車にせよ、常にドアが開け放たれたままのことが多いので、なにもわざわざ非常口まで作らなくてもいいのではないか、それより高速で走っているときくらい、ドアが開かないようにする方が先決じゃないのとも思ったりする。

しかしインドの列車のもうひとつの特徴として、基本的に窓が閉鎖的であるということがある。
もちろん暑いインドなのだから、エアコンのない一般車両(という言い方が適切かどうかわかんないけど、とにかく安い席のことね)の窓は大きく開くし風もびゅんびゅん入って来る。
しかしどの窓にも鉄格子ががっちり取り付けられていて、少なくとも人の出入りができない。
さらにエアコン付きの車両となると、窓ガラスはすべてはめ殺しでしかもご丁寧に内側にもう一枚ガラスがはめられ、人のみならずアリンコでさえ出入りができないのである。

インドの列車

インドの列車の窓にはガッチリ鉄格子がはめられている。

これが何事もなく運行されているときならもちろんなんら問題はない。先述のように列車のドアはいつでも開けられ、走行中に飛び降りることさえ可能なのだ。

しかし一朝有事の際にはやはり非常口は必要である。

じゃあ一朝有事とはどんな事態が考えられるのかと言えば・・・これは実に悲惨な出来事であったのだが、かつて列車が焼き討ちに遭い、逃げ遅れた乗客がたくさん亡くなったという事件があった。なにしろ出口は長い車両の両端にしかなく、窓には鉄格子がガッチリはめられているのだから・・・
それ以外にも脱線や転覆事故の時など、少しでも早く多くの人が脱出できる非常口は必須であろう。

おそらくそんな事件事故の教訓からだろう、ここ何年かでインドの列車にも非常口となる窓が設置(というか改良)された。

これはエアコン車の窓であるが、車両のほぼ中央の窓は有事の際に開けられるようになった。窓枠もそれが一目でわかるように赤く塗られている。

インドの寝台列車の窓

相変わらずガラスははめ殺しだが、内側に開くよう改造された。

そしてこちらはエアコンのない車両のものである。
こちらも車両の中央辺りの窓(例外もある)の鉄格子が撤去されている。代わりに内側に梯子状のものが取り付けられているが、これはもちろん有事の際には外されるのである。

インドの列車の非常口

今更ながら長い車両の窓すべてが鉄格子入りだったということが恐ろしく思われる。

とまあ列車の非常口設置などから、インドもだんだん生活の安全基準が上がって来ているのだなあと実感できるのである。

ブロックプリントの版木

インドの列車の設備・モバイル用電源供給コンセント

今やインドの列車にもモバイル用の電源供給コンセントがある。

これはエアコン付二等車(A/C 2nd)のものである。

インドの列車のコンセント

このコンセントは私のベッド(上段)の枕元にあった。みんなで使うものなので、夜中に知らないおっさんが枕元辺りでガサゴソすることもあるが驚いてはいけないのだ。

でもまあエアコン付二等車は上級クラスであるので、スマホやタブレットの普及率からしてもこれくらいのサービスは特に驚くことではない。

しかしそれがスリーパークラス(寝台車としては一番下のクラス)にもあるとなると話は違う。おお、インドもついにここまで来たかと思わずにはいられない。

インドの列車のモバイル用コンセント

乗客共有のコンセントというのは同じだが、列車の等級によって乗客数が違うので競争率も断然違って来るのである。

なお上級クラスの車両でも乗客一人に対してひとつのコンセントが用意されているわけではないので、基本的には早い者勝ち、もしくは強いもの勝ち、または民主的話し合いによる譲り合い(まあやっぱこれが一番ですな)が必要となるのである。

さらば体重計:インドのコイン式体重計シリーズ最終回(たぶん)

私の大好きなインドのもののひとつにコイン式体重計がある。

コイン式体重計は主に駅やバスターミナルなど、人の多く集まる公共交通機関の施設などに設置されており、派手な電飾をびかびか光らせ人心を惑わせ、魅せられた人々はついつい計測台に乗っかりコインを投入してしまうという、なんとも誘蛾灯的またはおにいさん遊んでかない的街娼的な装置なのである。

ところがそんなコイン式体重計が、ここ何年かで急速にその姿を消しているのである。

かつては大きな駅ではそこらじゅうにコイン式体重計が設置されており、光あるところに影があり、柱あるところに体重計ありと言われたほどであったが、いまは柱の根元(?)にはただただ列車の時間まで寝て待つ人々がうずくまっているだけとなった。

しかし私は、デリーにまだコイン式体重計が生息している場所を知っている。
それはデリーの中心地コンノート・プレイス、リーガル・シネマ前なのである。
なので早速そこに行ってみた。

インドのコイン式体重計ほら、あった。

体重計の前にはすぐ横で商売をする露店のおやじが飲料水の入ったジャーなんか置いてしまっているが、なあに、そんなものは体重計マニアの敵ではないわい。
私は横から素早く計測台に乗っかり、それでいて決して慌てたりせず、安定した計測が得られるように充分な時間を空けたのちにコインを入れた。

よっ!おにいさん、通だね!

さあ、下の取り出し口に計測数値が刻印されたカードがポトリと落ちて来る・・・

インドのコイン式体重計はずであったのだが・・・

出てきたのはかつての硬券切符のようなカードではなく、スーパーでもらうレシートのような薄っぺらな紙だった。

う~ん、どうやら機械の中身が変えられてしまったらしい。

姿かたちは以前と変わりないように見えるが、実は性格がすっかり変わってしまった旧友を見るようである。

これではダメなのである。
私の好きな体重計は、体重の重みで回転盤が回り、その回転盤の周囲に配置された数字がカードに押しつけられて下に落とされるという、完全機械式のものなのである。

それがこんなレシートみたいにプリンターで印字されるものになってしまって・・・

なにが「HAVE A NICE DAY」だ、もうがっかりだよ。

インドのコイン式体重計そんな失意の中、とぼとぼと向かいの地下街パリカバザールに移動した私であったが、そこで目に飛び込んで来たのがこの体重計であった。

しかしぬか喜びは禁物である。
やつらは一見昔と変わらぬ風貌で親しげに近づいて来るが、心はすっかり変わってしまっているかもしれないのだ。
もしかしたら宗教やマルチ商法をしつこく勧めて来るかもしれない。

おのおのがた、くれぐれも油断召さるな。

インドのコイン式体重計私は警戒しながら計測台に乗り、コインを投入してみた。

すると機械はかつて見慣れた一連の動きを見せ、やがてポトリとカードを落として来たのである。

おお、お久しぶり!

そんなわけでまだ少数とはいえ、かつての方式のコイン式体重計は生息しているのが確認されたわけであるが、しかしインドの体重計界も流れはすでにデジタル時代へと移行しているのである。
私はそういう最新式のものにまったく興味がないので今まで(たぶん)紹介して来なかったが、かなり前からハイテク(まあ所詮体重を測るだけの機械なので大した技術じゃないが)な体重計も登場しており、中には身長まで同時に測れるものなんてのもあるのである。

とまあ、とにかく旧式の体重計はほぼ絶滅に瀕したといってもよく、従ってインドのコイン式体重計の紹介もおそらくこれが最後になるのではないかと思うのである。

全国のコイン式体重計ファンのみなさん、

コイン式体重計は永遠に不滅です!

インドのマフラー

インドの持つエイジング効果とその対処法

インドと日本の架け橋エアインディアは、昨年(2013年)11月に最新鋭機ボーイング787型機を導入した。
そのことは昨年この場でご報告(こちらね)させて頂いたわけであるが、今回は「その後の787型機」の状況報告である。

と聞いて「なんだ、また飛行機の話かよ・・・」で済ませてしまったらいけないのである。
インドの変化、特に物質の変化の激しさは日本の数倍、いや、数百万倍なのである。つまりあの最新鋭機もインド人にかかったら、たった一年でこうなるというご報告なのである。

では、始めよう。

エアインディアの壊れたシート今回の帰路、私に与えられたシートがこれであった。
後ろが壁なので「これは後ろの人に気兼ねなく背もたれ倒し放題じゃん!」と喜んだのもつかの間、すでにシート自ら倒れ放題したままでお出迎えしてくれた。
ちなみにその向こう側がオリジナルポジションである。

エアインディアの壊れたスイッチこのままでは離陸の際にフライト・アテンダントに注意されてしまうので、まずは一旦元に位置に戻そうとしたら、あ~ら、リクライニングの操作ボタンがないじゃない。
なんとまあ、本来ならステンレス製の銀色の押しボタンがはめ込まれているべき場所は、ぽっかりと穴が開いてしまっている。
それにしても、引っ張ったりねじったりするつまみならいざ知らず、押し込むだけの操作しかしない金属ボタンがどうしたらこのような状況になるのであろうか。
実に不思議である。

そんな金属製ボタンが行方不明になるくらいなので、個別モニター用コントローラーのプラスチック製ボタンなどひとたまりもなく、いくつかがなくなっており、ボールペンの先を使って音量調節をしなければならなかった。

エアインディアの壊れたライトそして極めつけはこれであった。
これは天井に取り付けられた読書灯なのだが、いくらスイッチを押しても消えないのである。
インドからの帰路は夜間の飛行であり、食事が終わると機内は暗くなり、長旅の疲れからもしっかり寝たいところであるのだが、この読書灯のスポットライトが思いのほかまぶしく眠れないのである。

エアインディアの壊れたライトをなんとかするで、仕方がないのでおつまみにもらったピーナッツの空き袋を傷テープで貼りつけることにした。
ピーナッツの袋が小さいため、その周囲から光は少し漏れてしまうが、直射光はしっかり遮断されたためなかなか具合がよかった。日本人の知恵の勝利である。

とまあ、今回の飛行機の事例はほんの一例で、インドでは実に早いスピードで物質が変化して行くので、もしかしたらインド各地にある遺跡なども、本当は古いものなんかじゃなくてついこの前作ったものなんじゃないの? なんていう疑惑も浮かんで来たりする。

なので日々アンチエージングにいそしむご婦人方などは、インドの旅はちょっと考えものかもしれないと思う次第である。

偉大なる魂の誕生日

10月2日はマハトマ・ガンディーの誕生日である。

なにしろマハトマ(偉大なる魂)と尊称されるガンディーであるから、インド各地のガンディーゆかりの地には記念館やら博物館がある。

たとえばデリーにはガンディーが凶弾に倒れた場所や荼毘に付された場所があり、マドライには暗殺時に身に着けていた腰巻布が展示されている博物館があり、ムンバイやアーマダバードにはその活動の拠点とされた場所が残されている。
インド、ポルバンダールのガンディー博物館そしてガンディー生誕の地ポルバンダールには、今もその生家が保存され、そのすぐ横には大変立派なガンディー記念館が建てられている。記念館の建物があまりにも立派なため、生家が少々みすぼらしく見えるほどである。

インド、ポルバンダールのガンディー博物館そうした博物館や記念館の展示物というのは、たいていどこも同じようなもので、ガンディーの生涯が写真や記事で紹介され、それぞれが保存しているガンディーゆかりの品が展示されているという内容である。

そして必ずあるのがガンディーとその妻カストルバの写真もしくは肖像画である。
もちろんポルバンダールの記念館にも掲げられていた。

インド、ポルバンダールのガンディー博物館しかしそんなガンディーの肖像画の額の上には、鳥よけのためと思われる無数の針が突き立てられていて、その光景はなんだかアヒンサー(非暴力)を掲げたガンディーには似つかわしくないようにも思え、ちょっとおもしろかったのである。

真鍮製のアンティーク弁当箱

完璧さよりインパクトを狙ったってえのかい:インドの看板

私が子供の頃、絵、とりわけマンガを上手に描ける子というのは少なかった。
なのでちょっとしたイラストが描けるだけでクラスの人気者になれたものである。

夏休みの午前中に「夏休みまんがまつり」みたいなタイトルで、再放送のマンガ(当時はアニメなどとは言わなかった)を毎日2~3本立て続けに放映していて、その最後に「明日もまた見てね」と書かれたボードが映し出されるのだが、そこに描き加えられていた絵がひどかった。
その絵は直前まで見ていたマンガの主人公の顔なのだが、なんとも稚拙でとてもテレビの電波に乗せるようなレベルのものではなかった。
それほど当時の日本人の絵のレベルは低かったのである。

その点今の子は絵がうまい。もちろん全員がうまいわけではないだろうが、絵がうまい子がとても多い。

おそらくそれは環境のせいなのであろう。
なにしろ日本はアニメ大国であり、今やマンガは日本を代表する文化に成長しているので、そんな環境の中では、絵(マンガね)を見たり描いたりする機会も多くなり、自然と上手に描けるようになるのだと思う。

そんな日本からは、かつての「まんがまつりの絵」みたいなものはすっかり消えてしまったが、インドにはまだまだそういう味のある絵がたくさん残っている。

インドの看板さてそれでは、これが何の絵だかおわかりになるだろうか。

これはインドで見かけたお店の看板の絵なのだが、はたしてこの店は何を扱っているのだろうか。
インドの看板これがその看板の全体像である。

左側に描かれているのはニワトリなので、ここまで見たらもうおわかりになるかもしれないが、先ほどの絵はニワトリのタマゴということになる。

ということで、ここはタマゴ屋なのである。

インドの看板もしかしたら求めに応じてトリ肉もさばいたりするのかもしれないが、少なくとも私が見たときは、たった一つの机の上にタマゴを何ケースか置いただけの、妙にがら~んとしたタマゴ屋であった。
そして店番のあんちゃんもなんだかあまりやる気がないように見えた。

なのでせめて看板の絵くらいもっとわかりやすく描いたらいいのにと思うのだが、もしかしたらあまり完成度が高すぎると返って記憶に残らないものなので、このくらいの下手さ加減がインパクトがあっていいのかもしれないな。

なにしろ40年以上も前に見た「まんがまつりの絵」がまだ記憶に残ってるくらいだからなあ。

真鍮製のアンティーク弁当箱

本当にこんなに込むのか:インドのバスのつり革

テレビなどでよく紹介されるインドの”風景”に、屋根にまで人が乗った列車やバス、開け放したドアからこぼれ落ちんばかりに乗客を満載した通勤電車というものがある。

まあいつでもどこでもあんな状態なのかといえばそんなことはないけれど、実際インドでは公共の交通機関はかなり有効に利用されている。開業当初はガラガラだったデリーメトロも、いまや時間帯によっては乗り切れないほどの混雑ぶりである。

で、アーマダバードの路線バスでこんなものを見た。

インドのバスのつり革超過密な間隔で吊り下がるつり革である。

およそ20cmほどの間隔につり革が四つもある。
ラッシュ時にはこの間隔に四人が立つほど込むのであろうか。

ただ不思議なのはこの前後にはつり革がないということである。
そう、このつり革は固定されておらず、たまたまこの位置に大集結していたのであった。

でもつり革が固定されていないと、急発進や急停車のたびにみんなしてつり革を持ったまま前後につつつと移動してしまい危ないのではないだろうか。

いや、そんな移動もできないほど込むのかもしれない。

インドの伝統工芸細密画